2012年5月23日 (水)

第2回ぶらくらぶ東京

三社祭りの中日、BC東京(ぶらくらぶ東京)と名づけたウォーキングサークルの
仲間たちと浅草から門前仲町までの散策を楽しむ。
しばし浅草寺で神輿を楽しんだ後は、隅田川に沿って南下。
厩橋を渡って旧安田庭園跡、東京都慰霊堂、江戸東京博物館、
回向院、吉良邸跡を見学、芭蕉稲荷公園から一般開放されている方の
清澄庭園で一休みし、深川不動尊、富岡八幡宮で終了である。
赤坂ー麻布ルートのようにはアップダウンがなかったこともあって
距離は前回とほぼ同じだったが、比較的疲労は少ない。

歩いてみると、場所だけでなく知らないことも沢山あることが分かる。

慰霊堂のあった横網公園には、陸軍の被服廠があったが
関東大震災の際に多くの人々が家財道具を持って逃げ込んだために
火事で38000人が焼け死んだと言われる。
この数はサッカー観戦でも結構な多さに入るだろう。
つくづく逃げるときは身一つ、津波のときはてんでんこが肝心と思わされる。

隅田川は大きな川だと思っているが、荒川の方がずっと大きいとか
(実際地図には荒川という名前は見えても、
縮尺によっては隅田川という文字は出てこなかったりする)
江戸の頃はお寺も神社も混在しており、(仏教と神道は分離していなかった)
浅草寺のようにお寺の守り神として浅草神社が境内にあったりする。
三社祭りというのは、浅草寺境内でおこなわれる浅草神社のお祭りなのだ。
こういういい加減というか、無境界な感じというのは実に好み。
自分の中には近代より古代が強く息づいていることが分かる。

江戸時代は川が物流の要だったこともあって、川の流れを変える
治水工事はあちこちでおこなわれていたようで
橋を架けるか架けないか、ということにも戦略があった。
浮世絵に出てくるような太鼓橋は、歩く側からすると
非常に歩きにくい感じがするが、構造的には
この形がもっとも強度が強いそうである。
でもできるだけ渡らせないという思惑もあったのではないだろうか。

今はスマートフォン用の便利なアプリケーションがあって
歩いた跡を地図上に記録して、途中で撮った写真も貼り付けてくれる。
http://www.everytrail.com/view_trip.php?trip_id=1584876
ウォーキングの最中はミクロの次元でしか見えないが
地図上でルートを振り返ると、あのとき渡ったあの橋は、
この方向に架かっていたのか、などと改めて気づいたりする。
そういえば、江戸時代の地図は常に江戸城が上に来るように
描かれていたようだが、地図は北が上、という発想の転換には
相当の葛藤があっただろうということが想像される。

ウォーキングの後は、3時間の飲み放題ののち解散。
翌日まで疲労が残るかと思ったが、そうでもなく
でも腰にやや違和感があったので翌日のレッスンは休むことに。

昔はみんな歩いていたのだから、伊能忠敬とまではいかなくても
年に2回くらいは江戸を感じながら歩きましょうという
リーダーの提案にしたがって、私の目標は
もっといい写真スポットを見つけることにおくことにする。
このアプリ、便利なのはいいのだが、
電池の減りがめちゃ多いのだけが難点なのだ。

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2012年5月15日 (火)

『忘れられた夢の記憶』

「抽象から形態へ」というテーマの展覧会が面白かったので
同じ川村美術館が開催する美術講座を聴講してみることにする。
第1回から3回までは本江邦夫氏の講義である。
テーマは「芸術とただのモノはどこが違うか」

彼の著書「現代美術入門」は-中・高校生のための-、という
副題がついているが、どうしてどうして、内容は高度である。
絵画の究極が○△□だというのは、絵を描いていると分かることだが
具象が分かりやすいと思うのは、そこにすでに名前がついていて
見知っているものが描かれているからである。
それに比べると抽象といわれるものは、
通常はおよそ見たことがないものばかりである。
私たちは、見ることは分かることだと思い込んでいるから
見たこともないものを見せられると、分からないと思ってしまう。
抽象絵画を見ると、見ることイコール分かることではない、
ということがつくづく分かるだろう、という下りは説得力満載である。
そして分からないことが、そんなに腹立たしいことではないことにも気づく。
だって、そもそも世の中なんて分からないことだらけだしー。

絵画はラスコーの壁画にも描かれているように、
ものの形をそのまま写すことから始まった。
人間が外界に対して強く支配的である時、人間はゆとりを持って
外界に感情移入し、目に見える世界をそのまま写し取ろうとする
写実主義になるが、外界が人間に対して支配的であると、人間は
この恐れ(空間恐怖)から逃れようとして反写実的な抽象表現に
駆り立てられる、とヴォリンガーという人は言っているらしい。
たしかに内面を表現しようとすれば、
具体的なモノでは描ききれないだろう。
写真技術がなかった頃は、外界をそっくりそのまま描くことが
絵画の役割だったが、同じものを見ても、人によって
見え方はさまざまであることが分かるようになり、
そこから次第にモノの本質、つまり私たち自身を描くようになっっていった。
デュシャンもウォーホールも、結局のところ
私たちの置かれた時代を表現しているといえる。

ラスコ―よりさらに古い時代のショーヴェ洞窟の壁画も映画になっていて
「世界最古の洞窟壁画3D.忘れられた夢の記憶」(シアターN渋谷)で
古代の芸術家たち(たぶんごく普通の人たちに違いなかったのだろうが)の
たしかな腕前を堪能することができる。
現代の専門家によるさまざまな解釈はともかくとして、
古代人たちが、日常に遭遇する動物たちを嬉々として、
あるいは祈りを込めて描きつづけたことだけは分かる。
古代の人たちは外界に対して支配的であり、
ゆとりを持って写し取ろうとしたということだろうか。
素朴だが幼児とは明らかに異なる洗練された技量を持っており
具象(外界をそのまま写した)というより
抽象(モノの本質)に近いような感じがする。

この映画の監督であるヴェルナー・ヘルツォークのすごいところは、
映画の最後にショーヴェの近くに建てられている原発を持ってきたところだろう。
そこでは原発の排熱を利用して温室を作り、ワニを飼っている。
そして何代も交配を続けるうちに、突然変異による
アルビノ種の白ワニが生まれている。
岸田秀さんは、白人はアルビノなんじゃないかという仮説を
述べていたが、はたしてヘルツォークはそれを意識していたのかどうか。
原発と突然変異を並べて見せたことだけはたしかだと思うが。

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2012年5月 2日 (水)

『粗忽長屋』

BC東京と名づけた街歩きグループ内では、
再来週に予定している東京散歩のための
準備情報で賑わっている。
今回は浅草を起点として門前仲町まで歩く予定だが
世話人はすでに事前のルート確認をおこなっており
別のメンバーは打ち上げの店を確保してくれた。

前回の赤坂―麻布ルートは最初の休憩が早すぎて
終盤はヘロヘロになってしまったが、今回はめいめいで
昼食をとることになっており、行程時間も前回より短いから
そんなに歩き疲れるということはないだろう。

目下の私の課題は、当日昼メシをどこで食べるかということ。
当日は三社祭の真っ最中で、どこも大混みだろうと
想像し、ちょっとはずれたところで、いかにも
浅草らしい食べ物にありつきたいと考えているが
お目当ての場所が駅からどのくらいの距離のところなのか
地図を見ても、まるで見当がつかない。
なんだか昼食確保の予行演習が必要な気がしてきた!

情報交換の中で、落語に強いメンバーのひとりが、
落語の『粗忽長屋』を紹介していたので
You Tubeで談志の英語字幕付きを聴いてみる。
才人と言われる談志の英語向け解説は
若干うるさい感じもするが、落語の筋立てはなかなか面白い。
前にも聴いたことがあるような気がするが、
前とは、ちょっと違った感想を持った(ような気もする)。

この落語はふつうに聴くと、生きているのか死んでいるのか
熊公本人が、よく分からないというナンセンスなオチが面白い話
ということになるが、生きているのか、死んでいるのかということは、
ほんとは誰にも判然としない、という話だと解釈すると
俄然哲学的な内容になってくる。
「おまえは、本当に生きていると言えるか」という問いかけは
よく突きつけられることもある問いだが、
これに胸を張って応えられる人は、そんなに多くはないだろう。

「たしかに自分は死んでいるが、だとしたら
その自分を抱いている俺は、いったい誰なんだろう」
というオチも深遠である。
酔っぱらっていなくたって、自分が何者かなんて、
なかなか分からないものに違いない。
アイデンティティというのは実はそんなに確固としたものでもない
ということは、年を取ってくると分かってくるものでもある。

でもひょっとして、熊公はほんとに死んでいて、
その熊公を見ていたのは、熊公の霊だとしたらどうだろうか。
この物語は、八っつぁんという生者と熊公という死者が
対話をしている物語だとしたら。
落語は庶民の現実の生活を映しているものだろうが
だとしたら、具体的な生活だけでなく、そこに漂っている
死生観のようなものも反映されていると考えてもおかしくはないだろう。
そこではきっと、生者と死者は今よりずっと近い関係に
あったのではないかと想像する。

その辺のことは、この落語を紹介してくれた当人に
今度の東京散歩のときに訊いてみようと思う。
突飛すぎて却下、ということになるかもしれないけど(笑)。

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2012年4月20日 (金)

医療者が変える医療

2002年に時間外の電話相談を事業化したときは
まあ、これが大事なことが理解されるまで
10年はかかるだろうから、急がずぼちぼちやっていこうと考えていた。
そもそも電話相談のなんたるかなんて、
医療者の間ではまったく理解されておらず
「素人に何ができる」という冷たい視線が突き刺さる日々が続いた。
だから10年を待たずに、地域貢献加算が設定されたときは、
ほんとに驚いてしまった。
時間外の電話相談が診療制度に組み入れられたのである。
たしかに自分なりにデータを集め、学会で発表し論文を投稿して
できることはやってきたつもりではあったが、
どこで誰が、どういう風に動いているかなんて
世間知に疎い私にはまったくわからず、
厚労科研班に加えてもらったのは
世の中が私の考えといくらか同じ方向に歩調を合わせた?
という風には直感的に理解できたから、
まあ自分は、このままこの仕事を続けていけばいいのだろう
というくらいに考えることはできた。

だからポリオの不活化ワクチン導入が決まったというニュースには
http://i.jiji.jp/jc/i?k=2012041900954
驚きというより、決まって当然という思いもないわけではない。
でも、その推進役が患者だけでなく
お医者様自身でもあったというところには感慨深いものがある。

NPO法人ディペックス・ジャパンの語りデータベースで
語りを公開しているがん患者の人たちは
自分の経験がほかの人の役に立つならという思いで
カメラの前で自分のつらい経験を語っている。
それと同じ気持ちが、ポリオの生ワクでわが子にマヒを
起こさせてしまった親にもあるのだ。

「仕事が忙しい」という理由で息子の麻疹の予防接種の
タイミングを逃し、親しい先生から
「麻疹だけはやっておいた方がいいぞ」と言われて
やっと(自費で)打ちに行ったような、予防接種消極派の私でも
ポリオと三種混合だけは「絶対必要」と考えて逃さなかったのは
ポリオのマヒが怖かったからである。

それなのに、マヒを予防するための予防接種で
自分のこどもにマヒを起こさせてしまったら・・・
自分の不勉強を責めても責めきれない。
わが子にマヒが起きなかったのは、
ほとんど奇跡的に運が良かっただけなのだ。
そう考えるとポリオの会の親たちの活動には
ほんとうに頭が下がるのである。

だから政治的なからくりはともかく、
不活化ワクチンを入手する手立てがあるのに
それを怠ってずるずるとここまで来てしまった国には
ほんとに腹立たしい思いがある。
しかし、国が決めたことだからと、患者の思いを知っても
何も行動を起こさなかった医療関係者は、
国以下と言ってもいいのではないかとも思う。
決められた以上のことをやろうとしない人には
権威も権限もないも同然である。
そういう人たちに「啓発」なんて言葉を
軽々しく使ってほしくない。

たまたま昨日
「明日ポリオの生ワクチンを飲みに行くのだが、
咳が出るので受診してから行ったほうがいいか」
という相談があった。
まだ承認可否について審議中のニュースしか入っておらず、
とりあえず不活化ワクチンについては言及しなかったが
言うべきか言わざるべきか複雑な気持ちだった。

少数の勇気あるお医者さまの行動がきっかけになって
地方自治体だけでなく国をも動かしたポリオの不活化ワクチン。
今では相当数の医療機関が不活化ワクチンを打ってくれている。
https://docs.google.com/document/edit?id=1zPeeQTeNXJgX1SfKYqJ-_w1iuT7I3dFlTk1VN3aGPa0&hl=ja&authkey=CPDmvtgJ&pli=1#

患者の思いを受け取る奇特で勇気あるお医者様たちのデータでもある。

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2012年4月12日 (木)

賑わいでつながる世界

久々に渋谷へ出て、
『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』を観る。
ちょっと待っていればギンレイへかかりそうな気もするが、
急に今観ておきたいという気持ちになって、
調べてみたら、もうほとんどどこの映画館も終了していて、
渋谷シネパレスでしかやっていなかったのである。

相変わらず渋谷は若いエネルギーに満ちていて刺激的である。
ハチ公前に常時人が一杯いるのは、待ち合わせが多いというより
なんとなく、そこにたむろしたい人が沢山いるからなんだろうと想像する。
シネパレスの受付でチケットを先に購入し、街をぶらつくことに。
座席表はがら透きで、これで映画館は大丈夫なのか?
とちょっと心配になるが、スタッフは感じよく
映画館自体もこじんまりときれいで気持ちがいい。

映画は9.11で父親を喪った息子の回復の物語だが
そのプロセスにちょっとひねりが効いていて、よかった。
ものすごくうるさくて、というのは息子のことか、
などと考えてみるが、映画そのものはまだ咀嚼できていない。
この回復のプロセスは、仕事柄ちょっと関心があるのだが・・。

映画の前には西武の食品館を冷やかし、
ついでにZARAとFOREVER21にも入ってみる。
FOREVER21では780円なんて価格のTシャツを売っている。
500円のもある。
ほとんど古着屋価格だが、これが立派に新品である。
いかにも大量生産といった感じで、同じものが何枚もあると
あまり買いたい気分は起こらないが、価格に食指が伸びる
という消費者もいるのかもしれないし、
こうやって、どこかの国の誰かの生活は成り立ち
買う側はセンスを磨くチャンスを得ているのかもしれない。
お金で差異を買う時代もあったが、感性がとって代わったということか。
価格の差が決定的な差を生まないという印象は
年々強くなっている感じがする。
デフレが先か、感性が先かはニワトリと卵みたいなものだが
感性の勝負ということになれば、モノの価格は限りなく下がるだろう。
なんとなくユニクロが独り勝ちの理由も分かるような気がする。
安いと財布の紐は緩くなり、数をこなすと気づきも多くなる
というメカニズムはたしかに働いているのだ。

翌日はレッスンの後、みんなで仲間のひとりの息子が
パティシエとして勤めている汐留シティセンタービルの
「フィッシュバンク東京」http://www.fish-bank-tokyo.jp/ へ。
平日限定のスペシャルランチはワンドリンクつきで、
下戸にはきんきんに冷やしたノンアルコールのワイン。
オードブルもパスタもミートプレートも盛り付けが美しくすこぶる美味。
なかでも特別サービスのウニのフランは絶品だった。
新橋のような都心の高層ビル(41階)で、
この価格でこのランチは相当お得である。
雨風予報が出ていたので食後はまっすぐ帰宅。
お腹いっぱいで夕食は食べられそうにないので
簡単な夕食を息子と夫に用意し、私はオレンジジュース。

レッスンで身体は疲れているし、早く寝そうだなと思いつつ
WOWOWの番組表を見ていたら、ドゥダメルとハービー・ハンコックの
「セレブレイト ガーシュイン」というコンサートがあった。
途中で寝てもいいように録画予約をし、見始めたら
これが実にエキサイティングで、最後のラプソディー・イン・ブルーでは
興奮してすっかり目が覚めてしまった。
ドゥダメルとガーシュインというだけでもワクワクするが
冒頭のキューバ序曲、パリのアメリカ人と観客をわしづかみに
したところでハンコックが登場。
「エンブレイサブル・ユー」
「サムワン・トゥ・ウォッチ・オーヴァー・ミー」の2曲を弾いた後、
ラプソディ・イン・ブルーへ。
これが見事にジャズとのコラボになっていて、
ハンコックのガーシュインを満喫する。
もともとガーシュインは、ほとんどジャズと言ってもいいくらいだが
ハンコックのおかげで、ふつうのクラシックではとうてい味わえない
土臭さというか人間くさいリズムが加わり、
ガーシュインはきっとこういう世界を作りたかったのだろうなあ
とまで思ってしまった。

調べてみたら、ドゥダメルは2009年にロサンゼルス・フィルの
音楽監督に就任しており、ハンコックは1998年には
「ガーシュインワールド」というアルバムを出している。
今回のコンサートは当然と言えば当然の出会いだろうが、
しかしなによりも感激的なのは、こういうコンサートを
居間にいてテレビで鑑賞できることだろう。

こうやって賑わいながら世界はつながっていくのだ。

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2012年4月 1日 (日)

3Dで味わう無限の大気

『ピラミッド5000年の嘘』を観ても、大昔の人々が、
どうしてピラミッドやマチュピチュのような
巨大な建造物を残したのかは、いまだに謎である。
時間感覚や空間感覚が、現代人とは異なっていたのかもしれない
とは思うが、ではなぜ古代人と現代人では感覚が違っていたのか
という答えは、いまだに私の中では謎である。

でも、3Dの映画を観ていて面白い発見があった。
『ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』(於:ヒューマントラストシネマ有楽町)は、
ピナの後継者たちの踊りを3D映像で観せてくれる。

冒頭、舞台に撒かれた黒みを帯びた砂の上で繰り広げられる踊りは、
3Dで観ると、それが舞台上であることを忘れさせてしまうのだ。
カメラが俯瞰すると、たしかにそれは舞台だと分かるのだが
カメラが水平に移動した途端、どこかの砂漠か平原での踊りになる。
すると、表現される感情もにわかに濃厚になるのだ。
そして人間のちっぽけさといったものが強烈に迫ってくる。
これは草の上での踊りでも、モノレールが頭上を走る
街中の踊りでも同様である。
コンクリートの壁に囲まれた建物の中での踊りでも
大ガラスの空間(こんなすごい空間が現実にあるなんて!)
での踊りでも同様である。

3Dは奥行きを感じさせるための技術だから
こういう感じは当たり前と言えば当たり前の話だが
ときどきメガネをはずして観ると異なる感じを受けるから、
製作者側は映像化に当たって、明らかに
ピナのいうところの「魂の踊り」を印象づけようとして
3Dの効果を狙ったのだろうということが分かる。
メガネをはずすと、奥行きは(まあ映像のぶれの問題もあるかもしれないが)
ごくふつうの映画の感じになってしまうのである。

ところがカフェを舞台にした踊りや
大きな岩の周りでの水を浴びながらの踊りは
自分もカーテンのはためきを感じたり
水しぶきをかぶるような臨場感を味わいはするけれども
舞台装置が明確な分だけ、ちっぽけ感は後退する。
これらから受ける臨場感は別のものであり、それはそれで
すばらしい経験だが、奥行き感覚とはまた別のものである。

私たちが奥行きや落差を計算する感覚というのは、
たぶん自動的に周囲の物体との関係によって行われていて
周囲に物体がある空間では無意識に
奥行き感覚を平板にしているんじゃないかという風にも思う。
(計算が難しいから???)
ところが材料になるものがないところでは、
自分と相手(自然)の落差はそのまま、というか
必要以上(?)に大きく感じられてしまうのではないか。
その落差を埋めようとしたのが、あの巨大な建造物、という仮説はどうだろうか。

3D映像の効果は2次元の世界で水をかぶったり、
高いところから落下する恐怖を味わったり、というだけでなく
ふだんの生活ではなかなか経験できない
無限の大気の中に身を置くという感覚を
呼び覚ましてくれるところにもあるのかもしれないと考えると、
ITもあなどれないなあと思ってしまうのだ。

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2012年3月27日 (火)

心に残る不可解さ

たまたまチャンネルを回したBSスカパーでやっていた
『タクシデルミア~ある剥製師の遺言』
脚本はサンダンス映画祭でサンダンス・NHK賞を受賞。
しかし、 そのあまりの“規格外”の内容により、
NHKが日本でのTV放映権を手離し、出資を見送る異例の事態を生んだ
という山下真司さんの解説に惹かれて、怖いもの見たさで観ることにする。

親子三代の物語になっているが、人間の変化を辿る歴史のようでもある。
祖父(性欲)、父親(食欲)ときて、息子は剥製師(不死の象徴?)である。
祖父の欲望も父親のそれも半端じゃない。
この辺が規格外(R15指定)のゆえんなのだろう。
しかしそれゆえに祖父は頭を打ち抜かれ、父親は見ていても
気持ちが悪くなるような大食いアスリートである。
そのなれの果てである息子は、まるで生気がないが
(でも欲望がないわけじゃない)
それでも大食いしすぎてもはや動けない父親に、
せっせと食料を供給する優しさを持っている。
なんだかいつまでたっても自立できない草食系の
子世代を見ているようでもある。

岸田秀さんは、自我の不安が欲望を生むと言っていたが
最終的に自分の首と右腕を切断して、
剥製として生き残ろうとするのは、
まさに壊れた本能の代わりに発明された自我そのものである。
生き残ろうとしているのは生命ではなく自我なのだ。
この剥製技術は実現可能かどうかはともかくとして、
祖父、父親に劣らない息子の欲望の大きさを表している。
好きか嫌いか、いいか悪いかはともかく
強烈な印象を残す映画であることはたしかだ。

表現の仕方は対照的だが
『ポエトリー ~アグネスの詩~』も強く心に残る映画だ。

祖母と孫の物語であり
認知症が始まった老女の物語であり
少年や高齢者の性や
少女の自殺も絡む。

そんな中で、認知症が始まっていると言われた老女(祖母)は
詩を書きたいと思い講座に通い続ける。

詩とは、どうやって書けばいいのか。
詩の先生はリンゴを例に

見て
さわって
匂いをかいで
かじって
その本質をつかみ言葉にするのだと言う。

認知症が始まっている老女は、
途中で自分が何をしようとしたかも忘れてしまうほどだが
詩作への思いは消えない。
ひたすら何かを探しているような時間が続き
そして最後に老女が書いた詩は
孫によって自殺に追いやられた少女の思いを
つづったものだった。
孫を法の手に委ねるという身を削るような思いを経て
ようやく書けたのだともいえる。

『タクシデルミア』はハンガリー
『ポエトリー』は韓国の映画だが、
人間のどうしようもなさ、不可解さを
まっすぐ見つめているところは共通している。
こういう風に見つめることができるというのは
なにが違うのだろうと思ってしまう。

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2012年3月23日 (金)

『ヒューゴの不思議な発明』

初めて3D映画を観に行く。
スコセッシ監督の『ヒューゴの不思議な発明』

3D映画にはどうも食指が動かなかったのだが
一度くらいは見ておこうと思い、それにはこれがいいかもと思ったのだ。
でも、やっぱりダメだった。

ひとつには慣れの問題もあるのだろうが、
メガネから覗く映像がどうしても不自然なのだ。
上下の落差に関しては、臨場感があり
雪が上から下へ降る様子とか、予告編で
スパイダーマンが塔の上から飛び降りる場面なんて
とてもエキサイティングでほんとにドキドキする。
でも、前後の奥行きになると、どうもよくない。
自分が感じるのとは違う距離感で無理やり見せられている感じなのだ。

ふつうの2Dの映画では、私たちは自分の脳で修正しながら
それを3次元の物語に解釈し直して観ている。
その3次元の距離感は、おそらく個々がそれぞれに感じている
現実の距離感の延長にあるのだろう。
3D映画の場合、この距離感はどうもあらかじめ
誰もが同じに感じるように決められている感じがする。
だからそれが自分と合わないと、違和感を感じて
集中が削がれたり疲れたりしてしまうんじゃないだろうか。
なので、もっぱら普通の場面はメガネをはずして観た。
画像はぶれて見えるし、字幕なんか読めたもんじゃないが、
それでもメガネを通して観るより快適である。
特に最後にメリエスが舞台に立つところなどは、
メガネを通して観ると必要以上に奥行きがありすぎて
かえって現実感が削がれてしまうので外しっぱなしだった。

話の内容は世界初の職業映画監督といわれた
ジョルジョ・メリエスの話で、メリエスが映画を
手品と同じようなものと捉えてさまざまに創意工夫するのだが、
時代の流れの中で挫折して映画の世界から遠ざかってしまう。
それを、ヒューゴがメリエスの作った機械人形を修理し
引き戻すという話である。
「不思議な発明」という邦題(原題)は何かを意味して
いるのだろうが、脚本のせいか結局分からず
機械人形を手に入れた父親役のジュード・ロウは
すぐ死んでしまいちょこっとしか出てこない。
もっともだから父親はヒューゴにとって大きな存在なのだが
メリエスの話と父と息子の話の二兎を追いかけて
中途半端に終わった感じはする。

それにそもそもこれは駅の中のふつうの生活の話だし、
ほんとに3Dの必要があったかどうかも疑問だ。
プロデューサーにジョニー・デップの名前があったところを見ると
スコセッシもジョニデも、3Dのおとぎ話を
作ってみたかったってことなのか。

3次元の現実生活を2次元に落とし込んだ「映画」を
もう一度3Dという3次元に復元することの意味は、
どうもよく分からないが、これがSFチックな物語に
向いているだろうということは分かる。
つまり3Dが与える臨場感というのは、リアルな感覚というより
むしろ非現実感覚といったほうがよくて、
そういう新しい感覚を今、経験しているということかもしれない。
メリエスが映画を作っていたときも、きっとこんな風に思われていた
に違いない、とスコセッシは言いたかったのだろうか。

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2012年3月 9日 (金)

父を引き継ぐ

雨の中を川村美術館の企画展
『抽象と形態』:何処までも顕れないもの
を観に行く。

われながら、何もこの雨の中を行かなくたって、とも思うが
どこかの男子校の生徒たちも団体で来館しており
雨でも来る人はいるのである。
もっとも彼らは、たまたま今日が雨だっただけだけど。
しかし、わざわざ雨の中を行って、実は大正解だったのである。
佐倉のあのあたりは杉の木が多く、美術館の周辺の杉も
花粉を含んだ花の盛りで枝が重たそうである。
これが晴れの日だったら、ひどい目にあっただろうと思うと
単なる偶然とはいえ、自分の読みの良さにガッツポーズだ。

展示もこれまたなかなかの充実ぶりだった。
解説は極力少なく、絵そのものを見せて
感じてもらうという試みのようで
現代作家の作品の間のところどころにぽつんぽつんと
モネの「睡蓮」やサム・フランシス、ヴォルスなどが展示され
理解を助けるようになっている。

モネが描いた水面は睡蓮があることで水面と分かるが
野沢二郎のそれは、どうも水たまりらしいと思えるだけである。
抽象のいいところは一切の説明がなく、鑑賞する側が
どう感じとるかで、どのようにでも解釈できるところだろう。

五木田智央は
「絵とはなにか?描けば描くほどわからなくなる。
永遠に辿り着けないかもしれない場所へ向かい歩く。
笑いながら歩く」と書いているが、
今回展示されている白と黒の絵は
怪しさに満ちていて非常に印象的である。
これはグリザイユという手法だそうで、
もともとは着色前の下絵制作のための技法だそうだが
こんな黒があるんだ!と思うような
漆黒の闇の中に並んだ歯を見るのは楽しい。
エイリアンとの二人連れか?と思わせる絵には
「誘拐」というタイトルがつけられており、
これまたどこまでも怪しく事件性満載である。
そういえば出発点として展示されていた
ピカソの「シルヴェット」も、どこか怪しげではあった。

フランシス真悟の作品の傍には、私が好きなサム・フランシスの
「無題」がかかっており、同じ名前って、どういう偶然?と
思いつつベンチに置いてある図録を読んでみたら、
サム・フランシスの息子だということが分かった。
サム・フランシスは日本人と結婚していたのか!とちょっと驚く。
ネットによれば、2度目の結婚は日本人としており
http://allabout.co.jp/Ad/202187/1/product/202187_3.htm
出光興産の出光氏が生涯のスポンサーだったそうである。
まるで自然の木々のような彼の絵は、彼が植物学を
専攻したこととも関係あるのかもしれないが、
彼が感じとっていた自然の本質を
こちらも感じとっていたのだと思うと、なんだか妙に嬉しい。
息子の仕事は父親を髣髴とさせるが
父親は息子の仕事を見ることができたのだろうか。

そういえば、もうすぐ読み終わる「終身刑の死角」の著者
河合幹雄氏は河合準雄氏のご子息だそうである。
文章のうまさも、人間の掘り下げ方もお父さん譲りである。
息子がこんな風に自分の仕事を引き継いでくれるとしたら
父親にとっては本望なんじゃないだろうかと思ったりする。

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2012年3月 1日 (木)

虫の目、鳥の目

東京新聞を購読してみたいと思い、ためし読みを申し込む。

震災以降、いろいろなところでしばしば報道内容が
話題になっていたので興味を持っていたのだが、
現在購読中の新聞を替える決心がなかなかつかなかった。

購読紙のひとつだったM新聞との付き合いは長い。
あんまり長くていつごろから読み始めたか覚えていないくらいだが
外務省の機密漏えい事件がきっかけだったのは確かだ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E5%B1%B1%E4%BA%8B%E4%BB%B6
こういう新聞社は応援しようと思ったのである。

他紙に比べると視点が少し違う感じがあり
自分の感覚になじみやすかったことに加えて
マイナーというのも動機になった。
以来30年余り、A新聞、Y新聞の強力な勧誘をはねつけ、
会社を辞めてからはN経新聞をプラスしたものの
軸になるM新聞は変わることはなかった。

変えるきっかけに3.11の震災が影響していることは間違いない。
あまりに自分が何も知らなかったことにショックを受けたのだ。
知らなかったのは、もちろん自分の不勉強もあるのだが
情報源の選択が間違っていたのかも、という気持ちもあった。
しょせん、スポンサー(広告)頼みのメディアは、
スポンサーのご機嫌を損なわないような記事しか書けないという中で
東京新聞からスポンサーが広告を引き上げているという話も気になった。

やっぱり自分に必要な情報は、自腹を切って手に入れるしかない
という気持ちが強くなっていたということかもしれない。
(某国営放送の視聴料には、そういう気持ちはないけど)

で、1週間のためし読みである。

ひとことで言うと、地を這うような目線を持った新聞だと思った。
地を這うような目線というと、どうも読み手が好きそうな
生活雑感的記事と誤解される感じがあるが、
そうではなくて、世の中の複雑な事象を、
からくりから説き起こして、できるだけ分かりやすく書く
という姿勢である。
東京新聞は現在の軸を震災に置いており、
すべてをそこから展開させている姿勢には共感が持てた。
生活実感のような小さな物語と、
政治経済のような大きな物語とが、
分離してしまっている新聞が多いのである。

東京新聞ということで、近隣の県は扱いが小さいのでは
というのもちょっと心配だったが、紙面づくりでは
むしろ近県も同じ大きさで扱っている感じがした。
東京生まれの私は、ずっと東京の方を向いて生きてきたが、
今は東京より居住地の方になじんでしまっているのは不思議だ。
初日の日曜日の社説は、ですます体で、これには心底びっくりしてしまった。
ですます体の社説は生まれて初めてだったのである。
である体の文章は、端的で歯切れがいい反面、
どうしても大所高所からという感じがする(自分で書いていてなんだけど)。
もっともこれは翌日はふつうの文体になっており、
社の方針というより、書き手によるものであることが分かった。

M新聞とN経新聞のどちらを止めるかというのも悩んだ。
我が家は株をやっているわけではないし、若干の
経済の解説記事を除けば、N経新聞は夕刊だけあれば充分
というのが私の本音でもある。
(夕刊だけの配達があるかどうか問い合わせてみたが、なかった)
我が家の男どもも1紙で充分という意見なのだ。
でも東京新聞と対極にあるようなN経新聞を
今しばらく購読するのは、意味があるかもしれないとも思えた。
川下型と川上型から世の中を見てみようということである。
シャットアウトではなく、フェードアウトを意識しているのかもしれない。

長くお世話になった新聞販売所に2月一杯で
M新聞購読中止の連絡を入れた。
あんなに勧誘という外圧に抵抗しながら、
ここまで来たのにと思うと、妙に情緒的になった。
販売所がどういう風に新聞販売でお金を稼いでいるのかは知らないが、
同じ販売所が東京新聞も扱ってくれれば気持ちも安らぐのである。

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