« 2006年9月 | トップページ | 2006年11月 »

2006年10月26日 (木)

孤独を楽しむ

温泉ブームを反映して、我が家の近所にも露天風呂つきの
健康センターができてからだいぶたつ。
来月には岩盤浴もできるようになるらしい。
バレエのレッスンがあった日の翌日は、
朝一番に、ここの炭酸泉で筋肉のコリをほぐし、
「寝ころび湯」で、身体の半分を湯に、もう半分を太陽の光に浸しながら
好きな本を読み、まどろみ、午後から仕事をするという習慣になりつつある。
でもこんなことは、フリーになったからこそできるので、
9時-5時で会社勤めをしていた頃には考えられなかった。

人がたくさんいる所は、うっとうしくて嫌なので、
湯屋にかぎらず、何をするにも、
できるだけマイナーな選択をする癖がついているが、
最近は同じように考える人も増えてきたみたいで、
マイナーな選択自体が難しくなってきたのは、喜ぶべきだろうか。

一昨日のダリ回顧展もそう。
朝から土砂降りの雨で、「チャンス!こんな日に美術展に来るヤツはいないだろう」
と喜び勇んで出かけたのだが、どうしてどうして。
上野に着いたときには雨が止んでいた、からでもないだろうが、
こんな天気だというのに、結構な出足なのだ。
それも高校生くらいの若者がやたらと多く、つるんでいるといってもいいくらいだ。
「ええ!?君たちもダリが好きなの?」と突っ込みを入れたくなる。
たぶん太田光クンの影響なんだろうけど。

ダリは心底観念的で、混んでいることもあって、まったく疲れるが、
感性の鋭い画家が、時代や社会と対峙している様子は印象に残った。
ダリにとってのガラの存在というのも、とても興味深いけれど、
彼の抽象的な表現を見ながら、ふと、ダリの関心は
時間を描くところにあったんじゃないだろうかと思った。
音楽という時間芸術で空間を感じることは、そんなに難しくはないが、
絵画という空間芸術で時間を感じるというのは、なかなか難しい。
音楽の場合は、音の流れに身を任せていると映像が浮かんでくるが、
絵画で時間を読みとろうとすると、どうも観念を働かせざるを得ない。
つまりたっぷり時間があることが必要で(私の場合)、
それもあって、混んだ美術館は嫌いだし、誰かと連れ立って行くのも嫌いだ。
観念というのは妄想みたいなものだから、気が散るとダメなのだ。

年を取ってもシアワセに暮らすコツっていうのはいろいろあるだろうが、
ひとつは孤独を楽しめることじゃないかと思う。
それと、お気に入りをたくさん持つことネ。

孤独を楽しむっていうのは、ひとりで行動するってことだ。
今でこそ、カフェやレストランにひとりで入るのは当たり前で
刺激的でもなんでもないが、20年以上も前に同僚の相談員が
「急いでいるときは、駅の立ち食い蕎麦でだって食べるわよ」
と言うのを聞いたときには、ちょっとした衝撃を受けた。
フリーのアナウンサーだった10歳以上も年上の彼女に対しては
仕事のしかたや考え方に、日ごろから尊敬と親愛の念を感じていたが、
この立ち食い蕎麦の一件は、観念だけでなく
行動を伴っているという意味で、決定的だった。
「う~ん、私もそうできるようになろう」と、正直思ったものである。

今では駅の構内もおしゃれになって、
ショッピングもお茶もできる心地よさを売りものにするくらいだが、
その頃の駅の立ち食い蕎麦屋というのは、質素というより貧乏くさく、
どちらかというと、時間に追われて、生活にゆとりのない疲れたサラリーマンが、
エサをかきこむようなイメージの場所だったから、
そこで立ったまま蕎麦を食らうというのは、
私にとっては、まあ自分の壁をひとつ乗り越えるくらいに大きなことだったのだ。

で、ある日、どういう状況だったかは、もう忘れてしまったけれど、
毎日通勤で通る駅の立ち食い蕎麦に、やっと足を踏み入れた。
しかしまあ、これもやってみればどうということはなく、
いつも、ツユのいい匂いを漂わせて、少しは期待した蕎麦屋だったのに、
味はいまいちで、それにはちょっとがっかりだったが、
度胸というおみやげをもらえたのだから、差し引きプラスといえるだろう。
今や、女性の一人旅とか、ひとりで入れるレストランなどは
ふつうに雑誌の特集記事になったりするが、そんな気配のまったくない時代に
意を決して、ずいぶん貴重な経験を積むことができたのは、
少し先を生きている同性の先輩の後押しがあったからだ。

人生の先輩とはありがたいものである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月14日 (土)

仮説の検証

診療が終わり、夕食も終わった頃になって、
「鼻をひっかいていたら、鼻血が止まらなくなっちゃったんですが、
今から診てもらえませんか」なんて電話が入る。
鼻血くらい、自分で止める方法知らないのかあと思いつつ、
止血法を説明して、電話を終える。

学校に上がるまで、鼻血も出したことがないという生活経験の乏しさも問題だが、
それ以上に問題なのは、何でも病院に何とかしてもらおうという依存性だろう。
でも、これは親のせいばかりとは言い切れない。
多くの親は、せっかく受診したのに「なんですぐ来なかった!」とか、
「どうして今までほっておいた!」なんて、さんざん怒られた経験を積んだおかげで、
学習し、何でも病院に解決してもらうのが正しいと考えるまでに賢くなったのだ。

電話相談員は、この手の事例をごまんと見ているから、
救急医療に人手が足りないからって、たいして同情はしない。
些細なことでも病院にかかるように制度的、心理的に誘導しておいて、
手に負えなくなったら、やれ家庭の育児力が落ちているのなんのと
わめくっていうのも、ずいぶん身勝手な話じゃないかと思うからだ。

しかしそれとは別に、「即受診」と考える親と「まず相談」と考える親は、
どこが違うのだろうという興味はつきない。
当然のことながら、これは重症度とは関係がなさそうだ。
昨年の論文には、「即受診」と考える親は、「受診が必要」という仮説を、
「まず相談」と考える親は「受診は不要」という仮説を持っており、
それぞれが、その仮説を検証しようとしているのだと書いた。
つまり受診するって行動は「受診が必要」という仮説検証のためであり、
電話で相談するって行動は「受診は不要」という仮説検証のためって解釈だ。

ひと昔前までは、「受診が必要」って仮説を検証する方法しかなかったわけだが、
電話相談のおかげで、もうひとつ仮説検証の方法が増えたのだ。
医療がサービス化していくってことは、
多様化する患者の仮説検証の方法を増やしていくことでもあるのだろう。
医療者は、その仮説検証に手を貸してくれる人なのだ。

これは自分が患者になってみて実感したことでもある。
昨年暮れから続いている耳鼻科とのご縁では、
セカンドオピニオンまではとったものの、納得感はいまひとつ。
で、サードオピニオンをとることにしたのだが、
ここまで来ると、さすがに情報も絞られてきて、
一応自分で診断の目処がついたので、
サードオピニオンの目的は、その診断は妥当かどうかという確認と
治療法についての情報入手。

で、いざ受診。
定石どおり聴力検査をするが、そこからはたいしたことは分からず。
寝た状態と座った状態での血圧も測るが、それも原因究明に至らず。
「先生のところを受診した人が、○○って診断で、私の症状もよく似ているので
そうじゃないかなあって思うんですけど」と、恐る恐る(でもないか)聞いてみる。
「じゃあ、ちょっと診てみようか」とベッドに横になっての検査。
「う~ん、あるかもしれない」ということで、一件は落着し、
治療法を教わって、若干の薬を処方してもらい終了。
先生もホッとし、私も「やったぜ!」という思いで足取りも軽く薬局へ。
今どきの薬剤師さんは、よくしゃべるなあ、
これも患者サービスかと思いつつ家路に着く。
はるばる電車に乗ってきたかいがあったというものだ。

もちろん全部が全部、こううまくいくとは思わないけど、
診療に参加したなという満足感はある。
診断ってこういうものじゃないかっていう気もするのだ。
検査というのは論理だけど、論理っていうのは事後に構築されたものだから、
どうしても論理と論理の隙間にあるものはこぼれ落ちる。
患者の持っている仮説は、いわば、その隙間にあって、
診断っていうのは、その隙間の情報があって、
初めて成り立つものじゃないかって思うのだ。

隙間の情報を聞き出すのが問診だが、
問診と言うと、医師が患者から聞き出すってニュアンスがあるけど、
それだと方法としては、検査とあまり変わらない。
むしろ患者に、いかにしゃべらせるかが問診の腕なんだと思う。
電話相談の研修では、「問診みたいに聞くな」とよく言われたものだが、
それは、こちら側が必要と思うことではなく、
あちら側が必要と思うことに焦点を当てなければ、全体像はつかめないからだ。
だから必要なのは、一にも二にも話しやすい雰囲気であって、
決して医療者のしゃべりや聞き出しのテクニックじゃない。
サードオピニオンの先生は、いかにも優秀そうで、
診察室には高そうな機械もたくさんあって、近代医療の匂いがプンプンだったが、
雰囲気は、どこか、おばけのバーバババみたいに童話チックだった。
だから小児科も標榜していたのかもネ。

アクセスのしやすさは、無駄な受診に結びついているかもしれない。
でも、このアクセスのしやすさがなければ、
私の仮説も検証できなかったなあと思うと、国民皆保険制度様様である。
国民皆保険によって、患者も医療者も、
お互いに勉強する場を与えられて、賢くなっていると考えれば、
案外コストパフォーマンスはいいのかもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月 4日 (水)

カポーティ

日比谷のシャンテシネへ「カポーティ」を見に行く。

トルーマン・カポーティの「冷血」を読んだのは、もう30年以上も前のことで、
この、アメリカの片田舎で起きた一家惨殺事件を、
カポーティがノンフィクション・ノベルに仕立てたこと以外の内容は
ほとんど忘れてしまった。
ただ、カポーティが犯人、特にペリー・スミスを、
必ずしも心底憎むべき犯罪者とは描いていなかったという
印象だけは、かすかに記憶がある。

「カポーティ」は、カポーティが、その「冷血」を手がけ始めてから
仕上げるまでの過程を描いている。
フィリップ・シーモア・ホフマンがアカデミー主演男優賞をとったからって、
こんな暗そうでマイナーな映画には、そうそう観客はつかないだろうと
高をくくって出かけたのだが、どうしてどうして、
朝一番の回だというのに、開演15分前に映画館に着いたときには、
すでに客席は、ほとんど埋まっていて、席を見つけるのが結構大変だった。
しかも観客は圧倒的に年配客が多い。
どういう風の吹き回しなんだ?と、自分のことは棚に上げて、ちょっとびっくりする。

アカデミー賞といっても、最近は何が評価されたのかよく分からないのもあるが、
フィリップ・シーモア・ホフマンの主演男優賞は、100%納得できる。
あの舌足らずで、おかしなしゃべり方は、たぶん彼の造型なのだろうが、
こどもじみていて、自己顕示欲が強く、自己中心的だけど
どこか屈折していて繊細なカポーティ像(ほんとうはどうなのか分からないが)が、
くっきりと描き出されて、見事なノンフィクション・ムービーになっている。

カポーティは「ティファニーで朝食を」の成功の後、
次のジャンルを開拓すべく、この一家惨殺事件に目をつける。
この辺の、作家というか芸術家ならではの嗅覚は鋭い。
彼の取材に同行するのは「アラバマ物語」を書いたネル・ハーパー。
後半、この「アラバマ物語」の成功が、いっそうカポーティを焦らせることになる。

逮捕された犯人であるペリー・スミスの取材を進めるうちに、
カポーティは、母親から捨てられたという彼の貧しい境遇に、
自分の境遇を重ね合わせて、次第に共感を抱くようになる。
カポーティを、自分を救ってくれる友人だと思ったペリー・スミスから、
「相手は立派な人間だった。だから自分は恥を感じて殺してしまった」
という告白を引き出すところは、カポーティの作家としての洞察力を感じさせる。
彼は、決してこれを単なる強盗殺人事件の小説では終わらせたくなかったのだ。

しかし、スミスには人間的な共感を抱きながらも、
彼にとってスミスは、あくまでも自分の小説の素材だった。
小説の結末のためには、スミスを救うことより現実に決着がつく方が大事だと思い、
現実の決着がつかなければ、小説が発表できないと焦るところは、
小説家のエゴを描いて、「冷血」というタイトルは、
むしろ作家自身にこそふさわしかったのだと思わせる。
控訴を棄却されて、死刑を待つしかないスミスの方が、
小説家の俗物的なエゴを受け容れて、崇高ささえ感じさせる。

友人として死刑執行に立ち会ってほしいと頼まれて、そうした結果、
カポーティは、「冷血」の後は1冊も小説を完成させることはなく、
アルコール中毒で亡くなったと、短い記述があって映画は終わる。

ジェームズ・ボールドウィン、エリザベス・テイラー、マリリン・モンロー
リチャード・アヴェドン等との華やかな社交の世界で生きていくためには、
カポーティには名声を保つための作品が必要だった。
ペリー・スミスは、その格好の素材のはずだった。
けれども、それが素材だけで終わらなかったことを知って、
私たちには、なにかホッとするものが残る。
それが、この映画のよさなのかもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

« 2006年9月 | トップページ | 2006年11月 »