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2007年6月10日 (日)

シアワセのコピー

昨日地上波初放映の「県庁の星」の最後のシーンは、
織田クンにデートに誘われた柴崎コウちゃんが、嬉しくなって
買い物に来たお客に親切に声をかけるところで終わる。
居間に寝転がって一緒に見ていた息子曰く、
「人間って自分がシアワセだと、他人に親切にするんだよなあ。
 シアワセってさあ、絶対値があるんだよね。
 それをコピーして他人に渡すわけだから、
 他人をシアワセにしようと思ったら、自分がシアワセじゃなきゃってことだね」
4月から自分の誕生日と同名のコンビニで、
初めて接客のアルバイトを経験している彼にとって、
これはきっと印象深くも、身につまされるシーンだったのだろう。

私はと言えば、この映画のほとんどは気持ちよく居眠りをしており、
最後のシーン以外は記憶がない、というより見ていないのだから当たり前か。
最近は「時効警察」でさえも途中の記憶が飛んじゃう。夜遅いからね。
だいたい、何で面白い番組に限ってあんなに放映時間が遅いのだろう。
テレビ局は相も変わらず、世代に照準を合わせた番組製作をしているのだろうが、
オンデマンドが無理なら、雑誌のバックナンバーを探すように、
番組にもバックナンバーをつけて、PCで検索、視聴できるようにしたらどうだろう。
どうすれば視聴者が喜ぶかと考えながら番組制作に励むなら、
視聴システムにも、その精神を生かしてもらいたいネ。

何が相手のシアワセかというのは、どの分野にとっても重要なテーマだ。
こちらがシアワセじゃないと、相手をシアワセにできないというのは
その通りなのだけど、でも、シアワセの中身になると、
自分の中身をコピーして渡すと言うわけには行かない。

これは医療の分野でも、現実的なテーマだ。
治療をすることが、相手のシアワセだと考えてきた医療者にとって、
何もしないこともシアワセかもしれないという、発想の転換期が来ている。

熱が出れば下げなければいけない⇒解熱剤、抗生剤?
鼻が出れば止めなければいけない⇒抗ヒスタミン剤
咳が出れば止めなければいけない⇒鎮咳剤
下痢が出れば止めなければいけない⇒止痢剤
おう吐があれば吐き気止め⇒ナウゼリン

という、これまでの医療のあり方に疑問を唱える先生も多くなってきた。

最近出版された「医師アタマ」(医学書院刊)という本は、
EBMを突き詰めていくことで、これからの医療のあり方や
医師と患者のコミュニケーションのあり方が変わるかもしれない
という予感を感じさせる。
「根拠に基づく医療」は単なる医療の改善ではなく
「医療そのもの」を根本から変える可能性がある。

多くの医療者にとって、これは自我を揺さぶられる出来事だから
コトはそう簡単には進まないかもしれない。
でも、それが医療者自身をシアワセにすると分かれば、一気に進むだろう。
何てったって、患者にシアワセをコピーするには、
医療者自身がシアワセじゃなくちゃならないんだし。

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