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2007年9月28日 (金)

親のエゴ

朝青龍がひじと腰の故障でで全治6ヶ月と診断されたにもかかわらず
夏巡業をサボってモンゴルでサッカーをしていたというニュースは、
ついこの間まで、これでもかというくらい連日うるさく報じられていた。
二場所出場停止で、稽古場と自宅の往復以外の外出禁止
という謹慎処分だけでなく、横綱審議会では横綱を引退すべき
という意見などもあって、相撲界に疎い私は、
「へえー、これってそんなに重い罪だったんだ」とびっくりしてしまった。

政治家やビジネスマンが、それらしい診断書を書いてもらって、
お休みするっていうのは、日常生活では暗黙裡におこなわれていることだろう。
八百長が取りざたされる相撲界に、そんな習慣が皆無とは思えないから、
協会にとって問題だったのは、ウソをついて夏巡業をサボったことではなく、
ウソがばれて引っ込みがつかなくなったってところが
案外真相なんじゃないだろうか。
朝青龍は、それが原因かどうか分からないけど、
かわいそうに解離性精神障害とやらになり、
でもモンゴルへ帰れたので、温泉治療で元気になりつつあるらしい。

腰椎骨折がウソだからサッカーができたのか、サッカーができる程度の
腰椎骨折だったのか、本当はそこのところが知りたいのだけど、
マスコミは、そういう肝心なことは調べないらしい。
謹慎処分の内容は、いかにも古臭くて仰々しく感情的で、
まだ若い横綱の将来を考えた内容とはとても思えなかったから、
こういう世界から、さっさと抜け出してモンゴルへ帰れたのはよかった。
朝青龍が、どんな悪童で金儲け三昧の守銭奴か知らないが
相撲界は、彼のおかげで大いに人気を保ったのだし、
彼をうまく使えば、もっと相撲ファンを増やせるかもしれないのに、
なんだか威厳ばかりを取り繕って、古色蒼然としている。
「大通りの掃除」とは言わないまでも、数日間の荷役ボランティアとか
どうしてもう少し実質的で、外から見ていても楽しいペナルティを
課さないのだろうと思うが、業界そのものが古すぎて動きが取れないのだろう。
朝青龍が悪童だとしたら、それは彼を取り巻く相撲界全体が
悪童を育てる環境になっているからで、彼らの側にその自覚がなければ、
こういう問題は、朝青龍だけでは終わらないだろう。

なんてことを考えていたら、今度は時津風部屋が
稽古と称する暴力で新弟子を死なせてしまった。
朝青龍が、ウソをついた(?)くらいで横綱引退騒ぎが起きるくらいだから、
時津風部屋は、当然廃業なんでしょうね。

亡くなった時太山の父親は、インタビューで「真実を知りたい」と言いつつ
「帰りたいと言ってきた時に、もう少し頑張れと言ったのは、親のエゴだった
かもしれない」と語っていた。
逃げ帰ったことがあるという報道を聞いて、真っ先に思ったのは、
どうして連れ戻そうとするのを、親が止めなかったのだろうということだった。
親の心のどこかに、「もうちょっと鍛えさせたい」とか「大成した姿を見たい」
というのがあっただろうというのは想像に難くない。
だからといって、この父親を責められないのは、親は多かれ少なかれ
自分のエゴをこどもに押しつけていて、その上始末が悪いことに、
たいていの場合、それを「こどものため」だと思い込んでいるからだ。
こどもが何かを言ってきた時に、それがどれほどのことか
親はむしろ、気づくまいとしているという方が正確かもしれない。
こどもが成長した姿を見ると、ここまで無事に来れたのは、
ホントにラッキーだったと思うことがよくある。
こどもは運に恵まれて大きくなるのだと、もう一度噛みしめたい。

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2007年9月17日 (月)

声というコンテンツ

長い相談というのがある。
たいていの場合、話はかみ合っていない。
こちらが何か意見を言っても、相手は聞いていないことがほとんどで、
「ああ言えばこう言う」状態が延々と続く。
核家族で子育てをしている母親は、こどもが小さいときは、
夫以外のおとなと話す機会が少ないので、
電話の相手が、唯一の他者だったりする。
今ではファミリーセンターだとか、児童館など公共の施設があって、
そこへ出かけていけば、同じ境遇の人たちと話す機会は持てるが、
相性というのもあるので、必ずしもそれで解決するとは限らない。
それに対面というのは、相手の表情やしぐさが制御機能として働くから、
案外言いたいことが言えないものなのである。
だから、相手が見えない電話で言いたいことをぶちまける、ということになる。
もっとも、電話で一方的に喋りまくるようなタイプの人は、
対面でも、相手に構わず喋るまくるタイプであることが多い。
相手を感じとれるかどうかは、視覚の問題ではなく感性の問題だからだ。

長い相談も、きっかけはこどものことから始まる。
そして夫への不満、自分の体調、親との関係などについて
堂々巡りを繰り返しながら延々と喋り続け、あっという間に1時間が過ぎる。
背景に虐待された育ちがあったり、DVらしきものもあったりする。
こういうタイプに限って、妙に他者に対して支配的なのに、
いざとなると自己主張ができなかったりする。
夫に対して、結構強気な口をきいているらしいのに、
夫から何か言われると、すぐ自分を抑えてしまうのだ。
とりあえず、そこのところを指摘する。
途中涙ぐんだりしながらも、こちらに構わず喋り続け、
でも最後は結構しおらしくて、「やれやれ」と思うが、
電話の向こうで、歩き始めたばかりのこどもの
元気で機嫌のよさそうな声が聞こえてくるのが、
話の内容とミスマッチで、何だか不思議な気分になる。

インターネット上での文字情報の氾濫が一息ついたのか、
声のコンテンツにまつわる話が入ってくることが多くなった。
知人からは『ラジオデイズ』の案内が届き、
娘のHPにはコンテンツとしてポッドキャストが組み込まれている。
インターネットラジオの放送というのも、あちこちで耳にするようになった。
『ラジオデイズ』は、ネットを通じて朗読や対話、落語などの声のコンテンツを
有料、あるいは無料で配信するというものだ。
長い間編集者だった人が、文字という視覚言語から、
声を媒介とする聴覚言語の商品化に関わるというのも
時代の流れを感じさせるが、声を素材としたコンテンツが、
どこまでビジネスとして成り立つのか、幾分かは興味がある。

早速、無料の試聴コンテンツを、いくつか聞いてみる。
最近お気に入りの内田樹さんのトークなんかもあって、
この人は見た目はわりとごついのに、
声はすこぶる柔らかでハイトーン、軽快な喋り方をする人だと分かる。
彼の文体は結構硬いのに、文章は極めて分かりやすく読みやすいのは、
きっと、文体は風体を、文章は声を現しているからなのネ。
でもまあ、どちらかといえば、私は彼の声より文章の方が好みだ。
文章が持つテンポが、私には合っているのかもしれない。
その辺が、トークの難しさですな。

自民党の総裁選は福田さんと麻生さんだが、
福田さんの声は、穏やかを絵に描いた感じだ。
加えて、言葉遣いも気配りの塊みたいで、風貌とマッチしている。
麻生さんは声も「キャラが立っている」。
私自身は、こういうベランメー調の喋り方は嫌いじゃないが
好みは分かれるだろう。
なんで自民党の総裁が、即総理大臣になるのかという点は
おおいに不満だが、やっとまともな話ができる人が出てきただけでも嬉しい。

耳から入る情報は、より情緒的で受け取る側の個人差に左右されやすい。
だから電話はパーソナルメディアと言われるわけだけれど、
一方で、声というのは、案外人間の本質的な部分を
現してしまうのかもしれないとも思う。

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2007年9月 8日 (土)

シッコ

嵐が通り過ぎた翌日、日比谷へマイケル・ムーアの『シッコ』を見に行く。
朝方は、まだ風が強く、地下鉄は運休していて、ちょっとやきもきしたが、
9時過ぎには開通。雨も止んでくれて、こういうのを映画日和というのよね、
と思いながら、シャンテシネへ。
映画を見るときは、たいてい朝一番の回なのだが、
夕方行くところがあるので、今回は2回目の回にして、
夕方まで銀座で時間を潰すことにする。
シャンテシネは、朝の初回以外は指定席制なので、先に座席を決め、
ちょっと早いお昼をどうしようかと周りを見回したら、
隣の「ルパン」という洒落たフレンチレストランが目に入る。
夜はバーレストランになる店みたいだが、ランチは、とってもリーズナブル。
メインディっシュをステーキにするか、鶏胸肉の冷製にするか迷って、
ステーキは少し重いかもと、鶏にしてみたのだが、
お隣に運ばれてきたステーキに、たっぷりのマッシュポテトが乗っているのを見て、
ちょっと後悔。鶏胸肉もおいしかったけど、次回はぜひともあのステーキを食べに
またここへ見に来ようと決心する。

『シッコ』のテーマは、アメリカの保険医療だ。
今回も突撃、笑劇的でとっても面白いが、前作『華氏911』に比べると、
作りはずっと穏やかで愛に満ちている。
医療の問題は複雑で、怒りだけでは解決できないということもあるのだろうが、
ムーア自身が、この問題についてはできるだけ敵を作らず、
周りを味方に引き入れながら、解決策を探っているように見える。
冒頭の、指を切断した大工さんのケースが生々しかったらヤダなあ
と思いつつ見ていたのだけど、当の本人が淡々と説明を続けるだけなのが、
かえって事態の深刻さを伝えていた。

それにしても、アメリカの医療制度は、本当に変だ。
アメリカ在住の甥は、肩を骨折して保険で治療したらしいが
妹の話だと25000ドルくらいかかっているらしい。
彼の場合は、運良く保険が下りたが、映画の中のほとんどは
保険料を払っているのに、いざとなると保険が下りない。
なんだかんだと難癖をつけて支払わないのだ。
日本でも生命保険会社の不払いが問題になったことがあったが、
保険料のような料金先取りシステムは、いかに出さないかが勝負だから
アメリカのように民間保険で運営すれば、指を何本なくそうが、
払わなくて済むなら、極力払わないというえげつないことになる。
しかし、ちょっとした治療が数百万円という金額は、
どこで、誰が、どのように決めたものなのだろうか。
料金先取りがいかに有利かは、保険会社の大きなビルを見れば分かるが
医療の価格というのが、どのように決まっているのか、
こういう情報こそ、もっとオープンにすればいいのにと思う。

日本では、小児の不要な救急受診が多いというのが問題になって、
それを減らそうと、国が音頭をとって、医師や看護師に
小児救急電話相談をおこなわせている。
需要に供給が追いつかないというのに、わざわざ供給量(医療)を
増やさない方法を取ることによって、需要を減らさないという、
まったくわけの分からないことをやっているのだが、
行政のパフォーマンスのためではなく、本当に不要な受診を減らしたいのなら、
この病気の治療の価格はいくら、というように価格表をオープンにして、
「あなたのこの治療には、これだけのお金が保険料の中から支払われるのだから、
使わずに済むようなら、できるだけ使わないようにしましょう」と
協力を呼びかけるってこともやってみたらどうなのだろう。
家計簿を開示するってことが、まずは経済の危機を乗り切る
最善の策だと思うけど、違うのかなあ。

映画の中には、カナダ、イギリス、フランス、キューバの医療の一端が
紹介されているが、どこもアメリカより優れている。
フランス人の夫婦にムーアが「何に一番お金がかかりますか」と聞くと
「そーねえ、野菜や果物、それと旅行かしら」と答えたのには笑ってしまった。
そのうちに、どこの国が住みやすいか情報を集めて、
一番気に入った国に移住する、という時代になっていくに違いない。

映画の最後に、「行動しよう」というスローガンに続いて
「野菜を食べて、運動しよう」という言葉がスクリーンに映る。
アメリカ人の寿命は、上のどの国より短いのだそうだ。
この映画を撮って、一番反省したのはムーア監督自身だったのかも。

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