« 2007年9月 | トップページ | 2007年11月 »

2007年10月23日 (火)

バカだったのは私よ

『赤福』のニュースが、あんまり頻繁に流れるので、
そういえばちょっと前には、不二家とかミートホープなんていうのが
あったっけなんて思い出したけれど、まるで遠い遠い昔のことのような気がする。
こういうときに限って、タイミングよくインチキ比内鶏の話なども出てきたりして、
お菓子とお肉はセットで偽装されるものなんだろうか。

『赤福』を初めて食べたのは、30年以上前だと思うが、
なんだか不思議な舌触りの食べ物で、とても印象的だった。
何ともいえないポッタリした感触のお餅と、なめらかで甘すぎないあんこ。
「へえ、これが伊勢の赤福かあ」とちょっと感激したものだ。
ところが、2回目に食べたときは以前のおいしさがウソみたいに消えていて、
たぶん、10年位前だったと思うのだが、
「なんだ、赤福ってただのあんこ餅だったんだ」とがっかりした。
あのときおいしかったのは、きっと初めて食べたからだったのだ、
やっぱり名物にうまいものなしだ、と妙に納得した。
30年の間に食べ物はどんどんおいしくなり、
こちらの舌も洗練されて鍛えられ、『赤福』は普通のあんこ餅に
成り下がってしまったと、感慨深く勝手に解釈したのだ。
それが「巻きなおし」のせいだったとは想像もしなかった。
もっとも「巻きなおし」は40年前からやっていたそうだから、
最初も2回目も、ホントのところはどうだったか、今となっては確かめようがない。
まあどちらにしても、私の中では『赤福』の味については
すでに決着がついてしまっているのが、ちょっと残念ではある。

あんこと餅を別々にして作り直す「巻きなおし」という手法のことを聞いて
まず考えたのは、それでどうやって、あの舌触りを維持するのだろう
という技術的な興味だった。何も添加物を使わずに、あのポッタリした
舌触りを維持できるとしたら、これって随分高度な技術なんじゃないだろうか。
ミートホープのニュースを聞いたときも、豚のくず肉を使って
牛肉の味を出すなんて、結構な技術を持っているものだと妙に感心してしまった。
ただ、1度だけ生協のコロッケを買ったことがあって、
それはひどくまずくて、よく生協がこんなものを扱うなあと思ったけれど
後から、ミートホープ製だったかもしれないと知って、
この会社の技術に対する評価は一変してしまった。

こういう話を聞かされて感心できるのは、
幸いにもこちらに健康被害がないからだが、
ニセモノが出回るのは、それを見分けられない買う側にも
責任の一旦がある、と考えておいたほうがよいのではと思う。
「どこそこの○○がおいしい」とか「これはあの有名店の××」とか聞くと
もうそれだけで、それをおいしいと思い込んでしまう私たち。
私たちは自分の感覚で味を判断しているようでいて、
実はアタマで判断しているに過ぎないことの方が多い。
だいたい目隠しテストをしたら、コシヒカリとあきたこまちの
判別さえ怪しいものじゃないだろうか。
ビールだって、どこまでメーカーが識別できるだろう。
発泡酒との区別さえ、おぼつかないんじゃないだろうか。
私は下戸だから、やってみたことはないけど。

官能検査では、牛乳でもマヨネーズでもメーカーによって
味に微妙な違いがあることが分かる。
でも、実生活で私たちがおいしいと感じるのは、
味覚というより、情報に操作されているといった方がよい。
だから、国産か中国産か、食べて識別できないウナギの
産地を表示させるというのは、本当を言えば意味がないのだと思う。
こちらが真偽を確認する術を持っていなければ、いくら法律があっても、
中国産を国産と偽って表示することぐらい平気でやるでしょう、人間は。
ウソは人間の特技なんだしー。
産地がどこであろうと、安全であることだけを必須条件にして
あとは価格が適正かどうかで、買う側が判断するっていう方が、
合理的な取引を保証できるってものではないでしょうか。

そしてあとはひたすら、自分の感覚で好きか嫌いかを判断する能力を磨く。
もちろん感覚は錯覚でもあるから、まあ私たちは錯覚という楼閣の上で
生活しているわけなのだけど、だからってアタマを使えば賢くなる
とは限らないっってことぐらいは、次の世代に教えておかなくちゃネ。

ERテレフォンクリニックウェブサイト: http://homepage2.nifty.com/er-telclinic

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年10月 9日 (火)

死を支える医療

昨日の新響のコンサートは、
武満徹の「トゥイル・バイ・トワイライト」とマーラーの交響曲第9番。
「トゥイル・・」は、人間が作り上げた曲というより、
自然の音をそのまま切りとってきたような作品で、
野をわたる風や光に人の魂が運ばれていく、そんな情景が思い浮ぶ
美しい、武満らしい曲だった。
マーラーの9番も、その延長で誕生から消滅へのプロセスを想像しながら聴いた。
今日は武満で寝るかなあと思っていたが、むしろマーラーの第1楽章で
心地よく熟睡し、目覚めた後は誕生後の喧騒を楽しく聴いて、
第4楽章は、涙が出るような演奏に静かに死んで終わった。

コンサート後は、新響のビオラ奏者の同級生が、中学と高校の同級生の
合同コンパを企画したのに参加し、同年代ではあっても
付属中学と都立高校という、おそらく全然文化の違う者同士で、楽しく交歓。
久々に医療とはまったく関係のないメンバーとの交流で、
昔話をネタに映画、演劇などへ話を広げつつ3時間があっという間だった。
これから、こういう同年代の同窓会というか合コンが多くなるのだろう。

連休中の相談の多くは、休み明けまで家で経過を見ることの後押しが多い。
熱が3日も続いて下がらないと、「おかしいのかも」
「受診した方がいいのでは」と思ってしまうのだ。
「元気がない」というのも不安をかきたてている要因だけれど、
高熱でも、よく喋り、もりもりご飯も食べて、よく遊ぶ
っていう方が、むしろ例外的なのではとは、なかなか考えないらしい。
『病気』という状態は、どういうのが普通なのかということは
もっと行き渡っていてもよさそうだが、
まるで一億総元気症候群にかかっているみたいで、
『病気』という概念自体に、もはや耐えられないみたいなのだ。

それって、なにか違うよねと考えていたら、
「メディカルはこだて」の編集長が、6周年記念号の編集後記で
久坂部羊さんの「日本人の死に時」という本を紹介していたので読んでみた。
久坂部さんは内科医で老人医療に従事している。
この本には、命を延ばすことを目的として老人医療がおこなわれてきた結果、
「中途半端に助かってしまう人」が増え、かえって当事者につらい思いを
させてしまっているという老人医療の現状が描かれている。
「うまく死ぬためには、若いうちから準備する必要がある」
というのが著者の主張だ。

久坂部さんは、アンチエイジングの流れを説明しながら
「老化の本質は、まだまだ明らかになっていません」という。
アンチエイジングの流れに乗ることは、いまやブームだけれど、それが
うまく死ねない苦しさにつながる可能性があるなんて、誰も教えてくれない。
彼は、さまざまな看取りの場面や、安楽死の問題を論じながら
”死の側に立つ医師”が必要だという。
”生の側”にいて、少しでも患者をそちらに引き寄せようとする発想から、
避けられない死を、どのように上手に迎えられるようにするか
手を差し伸べる”死を支える医療”が求められているというのだ。

こうした発想の転換は、老人医療に限ったことではないだろう。
医療が『病気』や『死』を敵役にしていた時代は、
そろそろ終わりに来ているのだと思う。
病気を生のプロセスと捉えながら、
「トゥイル・バイ・トワイライト」のように終わるのが
いいんじゃないだろうか、という気がする。

ERテレフォンクリニックウェブサイト: http://homepage2.nifty.com/er-telclinic

| | コメント (4) | トラックバック (1)

2007年10月 3日 (水)

遺伝多型

我が家のお向かいの家の柿が、今年もたくさん実をつけた。
ほとんどは、まだ青々としているのだけど、
中にぽつり、ぽつりと赤く熟しているのがあり、
すでに落ちてしまったものさえある。
見ていると、必ずしも日がよく当るところが早く熟すわけでもないらしく、
赤くなるのは、内側の枝の葉と葉が重なったようなところの実だったりして
そこに特別な法則というか脈絡があるわけではないようにみえる。
これはやはり実の個別性によるのでしょうね、きっと。
実によって栄養分の吸収力や、成熟する早さが違うのだろうと思う。

先日、メディわという医療系のSNSのメンバーのひとりが流してくれた、
9月29日の朝日新聞の記事によると、

インフルエンザ治療薬のタミフルに、脳細胞を興奮させる作用があることを、
米ワシントン大学(ミズーリ州)の和泉幸俊教授(精神医学)らが
ラットを使った実験で初めて明らかにしたという。
内容は10月9日発行の医学専門誌「ニューロサイエンス・レターズ」に
掲載されると報じているが、 以下にその記事の一部をコピーしてみる。

和泉教授らは、ラットの脳から取り出した神経細胞を、
タミフルと、タミフルが体の中で分解された時にできる
薬効成分のOCBという化学物質の水溶液にそれぞれ浸した。
すると、どちらも約10分後に神経細胞の活動が過剰に盛んになった。
各薬物を洗い流した後も、40分以上神経細胞の興奮は続いた。
タミフルそのものよりも、OCBの方が約30倍も作用は強かった。
人間で未成年に異常行動が相次いでいるため、
今回は思春期前の子どもに相当する、
生後1カ月の幼いラットの神経細胞を使った。

また、エフェドリンという風邪薬に含まれる成分や、アルコールを、
タミフルと同時に幼いラットに摂取させると、
神経興奮作用が強まることもわかった。

脳には、血中の物質を脳内に通すかどうかを選別する
血液脳関門という脳を守る特別な機能があるが、
エフェドリンやアルコールは、血液脳関門のガードを緩めることがわかっている。

和泉教授は、思春期前の子では血液脳関門の機能が未熟であることや、
ガードを緩める作用があるものと一緒に飲むことで、
タミフルが関門をすり抜けて脳に到達し、
神経細胞に作用するのではないか、と推測しているとのこと。

以上がコピーだが、タミフル服用と異常行動の関係については、
タミフルを飲んだ10代の子が自宅マンションから
飛び降りて死亡するなどの問題が相次ぎ、
タミフルのせいか、熱のせいか、インフルそのもののせいかなどと
医師の間でもさまざまな意見が飛び交っていた。
因果関係がないという意見もあれば、因果関係は不明とすべきだ
という意見もあり、その後の議論は混沌としたまま止まっている。

朝日が報じているこの実験は、動物実験の段階だから
まだはっきりした答えが出たわけではないが、
少なくとも投与された側に、何らかの個別的な脳関門機能の違いがあって、
それが結果の違いを生んだのだろうという推測はしてもよさそうだ。
つまり、受け取る側の違いが結果の違いを生むということ。
このことは、電話相談をやっていると当たり前のことなのだけど
科学の分野も含めて、一般的にはなかなか理解できていない。
何にでも共通する普遍性、とか、多数に当てはまることが
真理と捉えられているのが通常なのだ。
それが少しずつ変わりつつある。

今日の日経の夕刊では、脳研究者の池谷裕二さんが
アンドロステロンという臭気成分の臭いさえ、人によって
無臭だったり、バニラのような臭いに感じたり、汗の不快な臭い
だったりすることを、鼻腔内の嗅覚アンテナの遺伝子から説明していた。
こういう遺伝多型は、味や光を感じる感覚器官でも確認されているのだとか。

30年も前から電話相談で明らかにしてきたのは、
主体は受け手の側にあるということだが、
それが今、ようやく科学的に解明されようとしている。

ERテレフォンクリニックウェブサイト: http://homepage2.nifty.com/er-telclinic

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2007年9月 | トップページ | 2007年11月 »