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2008年1月28日 (月)

カオスに浸る

某SNSで、先日終わったフジテレビの「SP」の話題で大いに盛り上がる。
何を選択基準に見始めたのか、自分では全然覚えていないのだが、
とにかく1回目が、とても印象的だったので、
「なんで、もっと早い時間にやらないんだよー」とつぶやきながら
とうとう欠かさずに最後まで見てしまった。
最後は「なんで、もうおわっちゃうんだよー」と文句たらたら。
主人公の岡田准一が幼い頃に両親を殺されたトラウマからか
特殊な能力を持つという設定なのだが、
それは決して神秘的なものではなく、いかにもありそうで
そこのところがリアルさを加味して説得力があった。
もちろん、SP(セキュリティポリス)という、自分を犠牲にしても
要人を守らなければならない職業に、
存在価値を感じて思い入れたという人も多いだろう。
フジのドラマは、この辺をすくい上げるのが、実にうまい。
知識の積み上げばかりが評価されるにしたがって、
他者のために自分を犠牲にするとか、
理屈より感覚を重視して行動するなんて例は、どんどん減っている。
人間の原始的な勘は衰退の一途を辿り、
だれもそのことの危うさに気がついていない。
リスクの感知能力が衰えることは、極めて危ないんじゃないか
と思うが、このドラマも、それに対する警告を発しているように見えた。
人間の中の混沌とした部分の怖さと魅力とをうまく描いていたが、
他の人は、はたしてどんな観点で見ていたのだろうか。

昨日の新響の200回記念コンサートも、カオス満載の演奏だった。
プログラムは芥川也寸志の「交響三章」に黛敏郎の「舞楽」、
そしてストラヴィンスキーの「春の祭典」。
新春らしい春の喧騒に満ちた、華やかで贅沢なプログラムだったが、
演奏する側の気合がもろに伝わってきて、
聴くのに力が入ってしまい、帰宅後はぐったり疲れ果ててしまった。
芥川の「交響三章」は初めてだったが、かろ(軽)味のある曲で、
日本の原風景のようでもあり、アジアの混沌のようでもあり、
ああ、カオスを楽しむこういう時代が、かつてはあったのだなあと
思わせるような楽しい曲だった。
おそらく、20代の頃に聴いても、このよさは分からなかっただろう。
若い頃は自分の空虚さを、外にある何かで埋めようとして
まるで突っ張り棒のように、硬く不自由に生きてしまう。
こういうかろ味が分かるのは、突っ張り棒が不要になったからだと思うが、
芥川が、これを作曲したのは23歳の時だったのだ。
それが芸術家の才能というものなのだと、改めて恐れ入る。

反対に黛の「舞楽」は、知的な混沌に満ちた曲だった。
現代的な墨絵のような宇宙を感じさせて、
まさしく舞は宇宙と一体になることだと実感できた。
ビオラとハープが、ETのように交歓する部分は
きっと後年『ET』が取り入れたに違いない。
バランシンが、この曲に官能的なものを嗅ぎとったことを
作曲者である黛は評価していたそうだが、
はたして当時の彼はどこまで納得していたのだろうか。
今だったらそうした西欧的な官能的表現を受け容れるのに
さほど抵抗はないだろうが、一昔前はどうだっただろうか。
表現が受け容れられるのには、タイミングというものがあって
それに躊躇しないのが芸術家のすごさではあるけれど、
プログラムを読む限り、バランシンに東洋に近づこうという
意識があったとは思えない。
黛が、東洋と西洋を超えようとして宇宙を表現しようとした(と思う)のに対し、
バランシンは、西洋から抜け出なかったという気がする。
黛の心境を想像すると、少し胸が痛くなった。

どの曲にも生命の息吹が感じられて、
ああ、私はやっぱりカオスが好きなんだなあとしみじみしてしまったが、
これってカオスをいとおしむような年に私がなってしまったってことなんだろうか。
ひょっとしてSPに共感したのは、自分を投げ出すところだったとか?

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2008年1月27日 (日)

インタラクション

外来小児科学会の春の研究会に出す演題を提出し、採用の返事をもらう。
今回は同じテーマの演題で、問題を立体的に捉えようとしているようで、
私の演題もタイムリーな内容と思われたみたいだ。
ここには共時性が働いているみたいに見えるが、実はそうでもない。
タネは、着々と蒔かれており、もちろん私にもその意識がないわけじゃない。

電話相談の結果を分析、解釈して学会で発表するというのは、
以前からやってきていることだが、これは定性分析などと言われながらも、
あまり注目されてこなかった(ような気がする)。
ひとつは、世の中一般では定量分析が主流で、
信憑性を担保するのは量だと思われてきたからだ。
でも、量だけでコトが片付いた時代は、いよいよ終わろうとしている。
(といっても30年以上もおんなじことを言っているような気がするが)

ただ、じゃあ定性(質的)分析がどの程度評価されているかといえば、
まだまだというのが実態だろう。
質的分析の特徴は、分析する側の問題意識や価値観などが、
結果にもろに反映するところにあるが、
そこのところの意味は、まだ充分理解されているとはいえない。
研究会に出ていても、どこかに客観的な真理があって、
質的な手法を用いれば、その裾野がちょっとでもつかめるのではないか
と思ってやっているという印象が強い。
これは医療者の集まりだからだろうか。
世の中に出る手段として、一番トレンディな手法を使おうとする傾向もある。

そりゃ、神様(唯一神)を設定して、それが作り上げた世界を解明
しようと進んできた科学にしてみれば、そこから抜け出すのが
大変だっていうのは分かる。
そもそも、自分の背後に唯一神があるっていう意識もないみたいだしー。
でも、日本人は八百万なんだからねえ。
自分の中にも真理はあるっていうのは、馴染みやすいはずだと思うけど。

質的分析の何が面白いのかというと、それは見る人によって
同じ世界の見え方が、まったく違って見えることだ。
これが質的分析の難しいところでもある。自分が問われてしまうからね。
これをもたらすのがインタラクションなんだと、私は思う。

インタラクションという言葉は、もともとは人間心理の分野で使われていたと思うが、
ITの分野で使われるようになって、どうも変質したような感じがある。
某大手ゲームメーカーに勤めていた人が、
ゲームはインタラクションだと言ったときには、
(いやあ、それは違うでしょ)と思ったが、その後ITの分野では
これが当たり前になってしまった。
つまり、人がボタンを押して、機械の側がそれに答えることを
インタラクションと彼らは考えているようなのだ。
コンピュータ然りである。
でも、ゲームもコンピュータも、あらかじめプログラムが組まれているわけで、
どの操作に対して、どの回答が返ってくるかは想定内ということだ。

インタラクションというのは、そういうことを意味していない、と私は思う。
インタラクションで重要なことは、お互いが相手の影響を受けて変化する
というところにあるので、変化の仕方や方向は想定されていない。
ボタンに対して反応するというのとは、そこが違う。
むしろ、両者が関わることで、自分でも気がついていなかったことが、
相手によって、あるいは双方によって明らかになっていく、
というのがインタラクション(相互作用)の最たるものだ。
最近は社会学の先生も、個人と社会のインタラクションなどという
使い方をしているから、だんだんその内容も変わってくるだろう。

コミュニケーションというのは、まさしくインタラクションだし電話相談もそう。
であれば、相手によって浮かび上がってきた、
自分も含めた世界の見え方の変化を提示していくことができて、
仕事はやっと完結するといえるのではないだろうか。
相談という技術的な側面だけでは、まだ半分なんじゃ?
ってことを研究会では言ってみようか。
また物議をかもしそうだけど。

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2008年1月21日 (月)

ピンクマンデー

フルタイムで勤め人をしていたときは、マンデーはやはりブルーだった。
仕事自体は嫌いじゃなかったが、決められた時間までに
勤め先に行かなければならないというのが、疲労を倍加していたような気がする。
もちろん家にいても家事育児という物理的な仕事があり、
それに加えて、休み中も仕事のことを考えるやっかいな気質だったので
自分で自分の首をしめていたのかもしれない。

フリーになった今は、マンデーはピンク。
休日中は仕事に追われるが
(正確には、追われるというより浸っているといった感じだが)
休日明けは解放感に満ちている。
実際には、何かにつけてやらなければならないことがあるのだけど
自分の裁量で時間を使えるという平日が、私にとっての休日になる。

今になってみると、他人に決められたスケジュールに従うのは
こどもの頃から嫌いだったのだとよく分かる。
その最初は、親から強いられるピアノのレッスンだった。
毎日、学校で遊ぶことも許されずに、家に帰って練習するということには
何の意味も感じられなかったので、中学に入って
祖父母の家に引っ越したのを幸い、さっさと止めてしまった。
音楽は嫌いじゃなかったが、音楽家には何の展望も感じられなかった。
今年亡くなった小学校の恩師から
「そんなに縛りつけるのはよくない」言われたことがあると
母から聞いたのはつい最近のことだが、当時母が耳を貸した形跡はなかった。
でも今まで覚えていたところをみると、ちょっとは心に残っていたのだろう。

先日、8年ぶりに知人に会ってお喋りをする時間を持った。
といっても、9割以上は彼の喋りで、私が言葉を挟む隙はなかったけど。
2人とも情報通信業界にいて、彼はもっぱらハードの開発、
(ヒューマンインターフェースの研究だから正確にはソフトだと思うが、
どうしてもハードに寄って行っちゃうのが、通信屋さんの特性なのだ)
私はサービスというソフトの開発をやっていた。
その頃は、そんなにお喋りな人だとは思わなかったが、
大学の先生に転身して8年も経つと、
お喋りという先生の特性が身につくのだろうか。
人間とコンピュータのインタラクションが彼の研究テーマだそうだが
全然インタラクションになってないじゃないか!と思いながら
いかに今の生活が楽しいか、前からやりたかった学生を教えることが
性にあっているかについて、耳を傾けてあげる。

先生というお喋りな職業に適応する力があったのか、
もともとお喋りな気性が、年を取って鮮明に表現されるようになってきたのか、
そこのところはよく分からないが、年を取ってからの性向が、
こどもの頃にすでにあるのは、幼馴染を見るとよく分かる。
それが煮詰まって出てくるのが老年期なのだろう。
こういうのを『三つ子の魂百までも』というのだろうか。
70歳にもなって盗作したり、80歳にもなって勝負に勝とうとズルをするのは
すでにその性癖がこどもの頃に萌芽としてあり、
自律のための防護壁が年とともに薄くなっていくことで現れてくるのかも。

弱さを受け容れる強さを獲得するのが老年期の課題だろうが、
これはなかなか難しそうだ。

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2008年1月 9日 (水)

身体の自己主張

せっかくの初レッスンだったのに、ウオーミングアップの途中で
腰をギクッとやってしまい、すぐレッスンは中止したものの、
休んでいてもよくなる気配がないので早退して、すり足で帰宅する。
かかりつけの鍼灸院に電話し、専属のトレーナーがまだ在籍しているかどうか確認。
幸いまだいることが分かり、午後受診することにして応急処置を教わる。

お正月も調子はよく、特別前兆はなかったのだけど、
もし要因があるとすれば恩師の葬儀だったかもしれない。
受付のお手伝いをしていたので、久々のハイヒールで立ちっぱなしが長かった。
でも、そんなに寒いわけじゃなかったしー、こんなことで傷むなんて
なんてやわな腰なんだ・・とちょっと腹立たしい。

トレーナーからは患部を冷やすように言われたので、家にあった冷えピタを貼り
(小さい子もいないのになんで冷えピタがあるんだろう)、
午後の診療まで横になって時間をつぶす。
この初期段階は、ちょっとした体勢の変化がもろに響くのでつらい。
横になると楽だが、起き上がるときが結構大変なのだ。歩き出しもつらい。
恐る恐る歩を進める(この表現がぴったり!)うちに、痛みに慣れてきて
やっと楽に歩けるようになるが、それまでは大丈夫?ダメかもの葛藤が続く。
年とともに、同じ姿勢を続けていると体が固まりやすくなる。
やっぱり動くようにできているんだ、人間は、と痛感。

鍼灸院では電気をかけてもらった後、トレーナーの診察を受ける。
いろいろな姿勢を取って痛みの具合をチェックし、
腰椎の下のほうに異変が起きているらしいとの診断。
「まだ炎症のピークがきてないね。いつ炎症のピークがくるかで、
治り方が変わってくるけど、今はマッサージはできないので、
テーピングとベルトで明日どうなるか経過をみましょう」ということになる。
明日起き上がるときがつらそうだ。
「もう辞めちゃったんじゃないかって心配だった」と言ったら、
「いやあ、院長が新しい店舗出すので、そっちにかかりっきりで、
こっちを任されちゃったんだよね。だから今は院長代理」だと。

院内随一のお喋りで、大声でネアカなキャラクターは、
お年寄りの患者さんにも結構受けがよかったのだが、
去年のお正月に受診した時は、なにやらぶつぶつと文句が多く
この人も、もうここには長くないのかもと思ったりしたものだった。
でも、どうやら事態はいい方へ転換したらしい。
この鍼灸院の院長は若く穏やかだけど結構やり手なのかもネ。
受診料は保険が利くにしても驚くほど安く、
そのせいか周辺に在住しているお年寄りが引きもきらない。
高齢化が進む一方で、新しいマンションがどんどん建って
住民の流入が増えているこの地域は、マーケットとしてもおいしいのでしょう。

こういう風に、次々と点を増やしていくようなビジネス展開は
たぶん男性が得意とするところなのだろう。
つまり男性の生理と合っているということ。
女性の企業家でも、男性の参謀がついているケースには、
こういう展開が多いような気がする。
「新しさを空間的に追い求める」と言ったらいいだろうか。
じゃあ、女性はどうなんだと考えると、ありきたりだが
狭い範囲を、心行くまで深耕していくというのが典型かもしれない。
女性の場合は、そのつど見えてくるミクロな新しさというものを
敏感に感じ取って、そこに喜びを感じているような気がする。
「新しさを時間的に追い求める」と言えばいいだろうか。
これまで科学が時間を記述できないで来たのは、
そこに女性的な感性を発揮する条件が整っていなかった
あるいはそういうテーマがなかったってことなのかも。

「ベルトしているから、とりあえずは姿勢がよくなってるよ」
と変な励まされ方をしながら、医院を後にする。
一病息災も、なかなか楽じゃないのだ。

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2008年1月 1日 (火)

シームレスなお正月

大晦日は日付が変わる頃、例年通り初詣に近所の神社へ。
振り返ると、何となく運の良い人生を生きてきたなあという思いがするので
お礼の意味をこめて、お賽銭を少し多めに。
といっても、もちろん庶民の額だが。
いつもながら、ここのお神酒はおいしい。
お酒は苦手なのに、なんでここのお神酒はおいしいのか不思議だ。
今年のおみくじは小吉

はるかぜに 池の氷もとけはてヽ
のどけき 花のかげぞ うつれる

箒みたいな熊手がついていた。
これで運をかき集めろってコトね?

去年は寒くて、お正月からぎっくり腰になりかかったが
今年は昨年から始めたブートキャンプのせいか、
寒いとときどき腰の辺りに違和感を感じるものの、ひどくなることはなく
8月のバレエの発表会までつつがなく過ごす予定だ。

元旦の朝は、ゆっくりと起きて簡素なお節と
みんながお気に入りのシードルで乾杯する。
「ウチのお節は地味だけど、味はいいよね」と息子。
ほめられているのか、けなされているのか、よく分からないが、
食材の選択眼を評価してもらったと思うことにする。
お正月だからって特別なご馳走を食べる習慣は、もうないが、
お正月にしか食べない大好物というのはある。
我が家の場合は、伊達巻。
年末から食べ始めて、飽きたところでようやく止まるのだけど
ダイエットを気にしつつ結構な量を消費する。
いろんなメーカーの、いろいろなグレードのものを
ワイワイと比較しながら食べるのは楽しい。
手作りしたこともあるが、こればかりは市販の味に叶わないので止めた。
昔はお寿司の卵というとみんな伊達巻で、
こどもにとってはこれが楽しみだったのだけど、
いつの間にか卵焼きに取って代わられてしまった。
今のような卵焼きになったのは、いつ頃からか分からないが、
たぶんこれも、コストが合わないということで伊達巻から玉子焼きに
なったんじゃないかという気がする。

今年の年賀状で印象的だったのは、
「船舶免許をとりました。リタイヤ後は漁師になります」という1枚。
定年後、農業に身を投じるという人は結構いるが、
漁師になるって言った人は初めてだ。
数年前に某大企業から広島の大学教授に転身した、
理系のとても知的な技術屋さんが、
自然を相手にすることにしたのだなあと、なんだか嬉しくなる。
自分で食べるものを自分で採ってくるって楽しいからね。
人類の歴史で狩猟採取時代が長かったのも分かる気がする。

暮れには、例年になく喪中のはがきが多かったので、
しみじみと、自分もそういう年代になったのかなあと思っていたが、
年をとると、自然に還りたくなるものなのかもしれない。
そして、最後には土に還るってことだろう。

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