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2008年5月26日 (月)

仕事の意味

天気予報どおりの夏日。
風が吹くと、肌に触れる麻の感触がひんやりして心地よい。
究極のお洒落は、真夏の麻の長袖だと思うが、
暑がりの私には、それはちょっとつらく、
かといってあまり涼しいときの麻は、ひんやりしすぎてこれも困る。
今日みたいな日が爽やかでちょうどいいのだが、こういう期間は案外短い。

電話相談について教えて欲しいという
大阪在住の小児科の先生と東京駅でランチ。
小児救急電話相談のシステムに関する厚労省の研究会で
気の利いたことを言うアイデアが欲しいみたいだ。
最近、どうもこういうのが多い。
電話相談を付帯サービスにしたい、といって来たスポンサーに
提案する企画内容について相談に乗ってほしい、とか
「電話医療」についての原稿を書くので、考えをまとめる手助けが欲しいとか。
タダで相談に乗ってあげる以上は、
自分のメリットは、しっかり確保するよう肝に銘じておく。

電話相談って、どうやるのが正しいのか、
質を上げるにはどうすればいいのかと聞くので
「定型はありません」と答える。
電話相談にはマニュアルはないし、
マニュアルに則ってやろうとするのも邪道、と言ったら、
困ってしまったみたいだが、仕方がない。
電話相談は、個々人がそれぞれの方法を見つけるしかない
という意味では、診療とも似ている。
その見つけ方について、それぞれノウハウがあるのも診療と同じだ。
経験を積むことで見えてくるものを、座学でカバーしようとするのは
しょせん無理なのだが、どうも頭のいい人は、
勉強すればものが言えるようになる、と誤解しているみたいだ。
いろいろな調査結果をデータとして山ほど持っているのに、
さらに、電話をかけてくる人が何を相談したいと思っているか
研究会で調査しようと思っていると言うので、
手持ちのデータをきちんと分析すれば、欲しい結果は出ますとアドバイスしておく。
かける側のニーズが、すぐそこにあるのだから、
それをきちんと料理すべきですと言ったら、「そうなのよねー」と。
伝わったかどうかは分からないが、
とりあえず言うべきことは言ったことにする。

国が音頭をとって大々的に予算をつけてやっていることは、
あんまり信用しないことにしているが、小児救急電話相談もそう。
結構な予算をつけているのに、出てくるデータは
どんな症状についての相談が多かったか、という域を出ていない。
こんなので税金を有効に使ったと思われては困る。
(最近はこんなことばっかり言っているような気がするけど)
官僚の人たちは、とりあえずやったという実績が作れれば
それでいいのだろうから、仕事の質を上げる、
つまり仕事の意味の明確化は、担う側が負わされているといっていいだろう。
もちろんそれは「喜ばれて役に立ちました」っていう
自己満足のレベルの話じゃないことは確かだ。

ERテレフォンクリニックウェブサイト: http://homepage2.nifty.com/er-telclinic

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2008年5月22日 (木)

患者の時間

この2ヶ月くらい、毎週歯医者さんに通院している。
なんだかんだで、平均治療時間は1回30分くらいかかる。
ホントは我が家のすぐ裏の歯科が便利なのだが、
予約が取れなかったために、京橋の昔の馴染みまで。
行き始めると、なかなか終わらないのが歯科治療でもある。
ほとんどの時間は処置に費やされているが、
検査の結果や時間経過を待っている場合もあり、
その間は、目の前に流れているテレビ映像を見ながら過ごす。
カードみたいなものを差し込んでいるから、ビデオ映像だろうと思うのだが、
ときどき映像が乱れるのは、電波のせいなのか、よく分からない。
流れているのは、もっぱらうまいものめぐりばかり。
この手の番組はふだんはほとんど見ないから、待ち時間でも結構楽しく過ごせる。
美容院へ行くと、ふだんは読まない雑誌から新しい情報を得るのと同じである。
もちろんこの機械は治療にも活用されていて、レントゲンの写真とは別に
自分の口の中の写真を一気に12枚くらい見せられると
イヤでもドクターの言い分に耳を傾けてしまう。
人間は、まず現実を知るってことが大事なのだよね。

そういう点では、裁判員制度は意味があると思う。
「人の一生を左右するようなことはしたくない」とか「荷が重い」などと言って
裁判員として参加することには否定的な意見が多いらしいが、
面倒なことや難しいことは専門家(他人)にお任せして、
決められたことだけを守っていれば安泰、という方がよほど危ない。
そういう態度は、そろそろ改めるべき時に来ていると思う。
だからこの制度は、一般人の常識と乖離している専門家のあり方を修正する
というだけでなく、一般人の他人任せの感覚を修正する上でも
大きな意味を持っているんじゃないかという気がする。
他人の生き方に関わることは、自分の生き方や
取り巻く環境について考えるための確実な契機になるはずだからだ。

久しぶりに相談というより文句に近い電話が入る。

「仕事が忙しくて休めないので、そちらの病児保育に預けたのに
点滴も吸入もしてくれなかったのか。夜、咳が出て眠りが浅いから、
もう5日も学校を休ませているのに(早く学校に行かせたい・・・)」
先生が点滴や吸入をしなかったのは、その必要がなかったからだし
休ませる必要があるほどの状態かどうかは、母親の自己判断のようだから
その状況と対応との結びつけ方は、ちょっと無理筋だよねと暗に匂わせつつ、
こどもに喘息があるので、その管理に神経を尖らし、
仕事に追われて受診にも立ち会えなくて、
もう一杯一杯という母親の状況を汲む。
咳が止まらないのは、点滴や吸入をしないからじゃないんじゃ?
という言葉は飲み込んで「先生と話してみる?」と尋ねると
「え、そういうこともできるんですか?」
「今は診療時間外だからね、受診は無理だけど話すことはできるわよ」
と言って、先生につなぐことに。
たまたま他院からの紹介の患者だったということもあるが、
この場合の問題は、医師にも相談者にもあるわけではなく、
相談者が自分の心配や思いを受け止めてもらう機会がなくて、
よりよい結論を検討できなかったってところにあるだろう。

歯医者さんで1時間近くも治療(手入れ)をしてもらっていると、
医療費は安いかも、と思ってしまうことがある。
それは治療の中身というより、日常とは異質な場で時間を過ごすことによって
自分の中にある種の変化が起こり、そこに価値を見出せるからだろう。
そうやってゆっくり過ごすことができるから、
(あれについて聞いてみようか、これはこういう風に聞いたらいいだろうか)と
反芻しながら、日頃疑問に思っていることや、
ふと思いついたことを口に出すことができる(私の場合は)。
そう考えると、医療の現場でコミュニケーションが充分おこなわれるためには、
まず時間の確保から始めるべきかもしれない。
以前の論文には、「医療者から『何か聞きたいことはありますか』
という問いかけをすべきだ」と書いたが、それが5分間ルールとして
実を結んだのだとしたら、ちょっと違うような気がする。
患者がゆっくり考えるためには、まあ最低でも15分は必要。
それも、医療者の一方的なお喋りに邪魔されずに、だ。
医療は時間ビジネスに転換すべき時が来ているってことかもしれない。

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2008年5月16日 (金)

『治す』から『支える』へ

久しぶりのNON定例会は、東大のセミナー室で。
このところ何かにつけて本郷三丁目へ行くことが多いのだけど、
おつき合いでの会食が多く、いまひとつ、気に入ったお食事処に出会えないので、
今回はちょっと検索をかけて、駅から1分の『オ・デリス・ド・本郷』へ。
イギリス風のパブが隣接したカフェで、ランチのハヤシライスをチョイス。
キッシュとどっちにしようかと迷うが、ハヤシライスはどうもスルーできない。
幼少を西片町で過ごした身にとっては、このカフェの暗さは
古い日本家屋の台所みたいで、何だか懐かしい。
でも味はしっかりモダンで、ごはんの硬さも好みだった。
さっそくお気に入りに入れる。

例会の今回のテーマは「患者の意思決定」について。
もうこれは、今流行のテーマとしかいいようがないが、
それだけ取り組み甲斐があるテーマだってことなんでしょう。
今回は、ちょっと古いアメリカの文献をたたき台に、医師-患者関係を
「パターナリスティックモデル」「インフォームドチョイスモデル」「共有モデル」
と分ける枠組みについて議論する。

医師-患者関係を電話相談という映し鏡で観てきた者にとっては
パターナリズムからインフォームドチョイスへの転換というのは、
権限の委譲に伴って、医療者の自我の組み換えが要求される、
まったく次元の違うものだが、この論文の著者を含めた医療者自身には、
あんまりその意識はないみたいに見える。
だから「インフォームドチョイス」でも飽き足らず、
「共有」なんてモデルまで考え出して、さらには、
この3つをうまく使い分けることが必要、なんて書いているらしい。
らしい、というのは原文を読んだのは今回のレポーターだけなので
私たちは、彼女の読み込みが正しいという前提で議論しているから。

だが、こういう風にコミュニケーションを技術のレベルに還元している間は
問題は永遠に解決しないだろうということは断言できる。
自我の組み換え、つまり現実の中での、自分のあり方を変えるというのは、
もちろんそんなに簡単じゃないし、そもそも自分の寄って立つ足場を
作り変えるなんて、苦しい以上に不安満載だから、人というのは通常は
なんとか変わらないで済ませようと、いろいろせこい策を弄するものなのだ。
電話相談員が、最初にぶつかるのも、これ。
ここを通過しないと、相談員としては使えないのだが
そんなことも知らずに、電話相談って簡単じゃん、なんて思いながら
やっている人たちも、もちろんたくさんいる。
定例会の後のフォーカスグループインタビューも、同じテーマだったのだが、
ここでは、患者の意思決定がうまくいかない理由のひとつとして、ある看護師から
「自分たちは教科書で習ったことは言えるが、現実の事例に直面した時に
どこまでそれを広げられるか、ということが分かっていない」との発言。
多くの専門家は、知識があれば患者の意思決定を支えられると思っているが、
実はここにクエスチョンマークがつけられるかどうかがカギなのだ。

そうこうしているうちに、某クライアントの先生と
「電話医療」についての打ち合わせの日に。
話はなかなか「電話診療」から広がらないまま、一日目は終了したが
医療=診療というところから抜け出すのが、まずは課題かもしれない。
まあ、「医療」について考えるいいチャンスをもらったと考えることにしよう。
今朝、MRICから配信された『安心と希望の医療確保ビジョン』第8回会議傍聴記でも
「治す」から「支える」がキーワードになっているが、
これが本当に理解されるまで、まだまだ道のりは遠そうである。

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2008年5月 8日 (木)

現実に欠けているもの

現代舞踊協会主催の「モダンダンス5月の祭典」を鑑賞しに北千住へ。
会場であるシアター1010(せんじゅう)というネーミングもなかなかだが
それが○1○1(丸井)の11階にあるなんて、なんだか落語の世界だ。

連休は仕事のほかに親戚の葬儀もあったりして、いつものことながら
動きがとれなかったので、連休明けは気分転換にギンレイへ。
今週の2本立ては「ONCE ダブリンの街角で」と「再会の街で」。
どちらも、心に傷を負った男女が、どう再生していくかという話だが、
「ONCE」では、それぞれが、それぞれの過去へ戻っていくのに対し、
「再会の街で」の主人公は、9.11で妻と娘2人と犬1匹という家族全部を
飛行機事故で失い、精神を病み戻るところがない。
その代わりに、大好きなドン・チードルが演じている同級生の歯科医と
美人の精神科医が彼を支えながら、最後には夫に捨てられて
同じように一時的に自分を見失った女性と
寄り添って生きていく予感を感じさせて終わる。

連休疲れのせいか、さすがに2本はちょっときつい。
出ついでに、友人の個展へ行く予定も入れていたのだけれど
外苑前まで行って北千住というルートは、
疲れて鑑賞どころではなくなりそうなので止めて、
千駄木にある菩提寺のお墓参りに行くことに。
駅前にあった花屋が見あたらないので、しかたなく手ぶら。
墓石を洗って何の気なしに墓石の側面を眺めていたら、
祖父も叔父も結構長生きだったのに、
父だけが一族の中では若くして亡くなったのだと改めて気づく。
娘として父を見ると、良くも悪くもひと昔前の長男の大変さを感じるが、
母親になってみると、それは男の子の育て方の難しさなのだと思う。

北千住の町をぶらぶらし、丸井の中のカフェで時間を潰して
開場時刻ちょうどに仲間と出会い、先生の隣で鑑賞。
モダンは演劇とも融合し始めているようで、
小道具、演出にも工夫が凝らされているが、
振り付けそのものは体操みたいなのが多くてつまらない。
IT社会になって人間関係が薄くなっているというのなら
そこに欠けているものとして、もっと人間的な鬱陶しさが
表現されてもいいような気がするが、
何かコンテンポラリーダンスの、うわべだけを真似したような
無機的な振り付けが多いのはなぜなんだろう。
芸術が、現実に欠けているものを表現するものだとすれば、
物語が表現されないのは、現実の世界に物語が過剰だからだろうか。
人間関係も、案外過剰と感じるくらい現代人は繊細なのかもしれない。

1グループ5分くらいの演目だが、間に休憩が2回入って
結局終わったのは8時半頃。
それからみんなで軽く夕食を食べて帰路につく。
「日比谷線は時間がかかる」という強硬意見で、
みんなはJRで帰るというので、私は京成で帰ることにしたら
結局他の連中も京成で帰ることになってしまった。
つき合いがいいというのか、群れたがるということなのか。
車内はビジネスマンばかりで連休明けだというのにお酒臭い。
帰宅したのは11時で、そんなに遅くはなかったのだけど
今朝歯医者さんに予約を入れていたことは、すっかり忘れていて
あっと気がついたときには、すでに昼だった。
歯医者さんに謝りの電話を入れたら、優しく慰めてくれた。
サービス業も大変ですね。

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