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2008年9月28日 (日)

レインボーブリッジを歩く

レインボーブリッジを渡って、徒歩で千葉まで帰って来る
というイベントを、学童クラブの卒業生の父親たち(つまり夫たち)が企画した。
夜中の12時にレインボーブリッジを出発、
8時間くらいかけて歩く、という算段みたいだ。
昼間ならともかく、夜中歩き続けるなんてごめんだから、
本番は早々と遠慮することに。
でも、レインボーブリッジには、ちょっと興味をそそられるなあと思っていたら、
下見に行くという話が持ち上がった。
ブリッジを渡って自転車でルートを確認しながら帰って来るというのだ。
ブリッジの起点と終点には、ゆりかもめの駅がある。
自転車でお台場から千葉まで帰るというのもごめんだけど、
橋を歩くっていうのはやってみたいので、下見に参加することにした。

レインボーブリッジは、自転車の走行は禁止されている。
でも車輪が見えなければ持って入るのはいいのだそうだ。
で、夫たちは自転車を分解し、輪行用の袋に入れ、
かついで電車に乗り、橋を渡ったところで組み立てて出発するという計画を立てた。
改札が通れれば、電車に乗せるのは無料なんだそうだ。
ただし重さは1台12kgあるから、1,7kmの長さをかついで渡れるかはビミョーだ。
10kgのお米や1歳のこどもを抱っこして歩くと考えると、難しそうな気もする。
でもまあ、とりあえず出発。
地下鉄の改札口はなんとか通れて、土曜日ということもあり
車内でも、さほど迷惑をかけずに新橋まで。
駅の構内を担いで歩くだけでも、結構大変みたい。
ゆりかもめに乗り換えたところで、
「起点のお台場海浜公園まで行って、自転車を置いてから
芝浦埠頭まで戻って歩き始めることにしたら?」と提案してみる。
これは正解だった。

ゆりかもめの『芝浦埠頭』の駅から、ブリッジの入り口までは10分くらいある。
朝は曇っていて涼しかったのに、結構陽が射してきている。
これだけでも、担いで歩くのは大変だっただろう。
入り口にたどり着くとちゃんと受付の人がいて、
ノースルートとサウスルートがあると教えてくれる。
フジテレビの球体が見える方がサウスルートで
東京湾の外まで見えるというので、そっちを歩くことに。
遊歩道といっても、車道の脇にガードレールで隔てられた道があるだけで
対向車がバンバン走ってくる。
歩道の外側は金網で頑丈にバリケードが張られているが、車道側は案外手薄だ。
それに、なんだかすご~く空気が悪そう。
せっかく作ったのにあんまり歩く人がいないというのは
このせいなんじゃないかと思う。
ところどころに柱のようなものがあって、そこだと道が車道から隔てられて
一時的に喧騒と排気ガスから逃れられる。
せっかく遊歩道を作るという発想まで行ったのに、
歩く人の快適さを追求できなかったのは、設計者の大いなるミスだね、
なんてことを話しながら、ぶらぶら歩く。
それでも、たまにジョギングをしている人や、子供連れの人などとすれ違う。

お台場海浜公園に近づくと台場公園が見えてくる。
台場とは、江戸時代に黒船襲来に備えて品川沖に設置した砲台のことで、
これがあったために、ペリーは横浜に上陸したのだとウィキペディアには書いてある。
第一から第七まで七つの台場が作られたが、埋め立てやら撤去やらで
現在残っているのは第三と第六のみ。
第三台場は台場公園として整備されていて、
橋の上から見える全貌は、とても美しい。
手前にあるのは、第六台場だろうか。
ここは立ち入り禁止(海の上にあって交通手段もないが)だそうだが
上から見ると端正な美しい石組みと、鬱蒼とした森が魅力的だ。
こどもたちを、こういうところに放してやったら喜ぶだろう。
海浜公園側はブリッジのバリケードはなく、日の光と風が心地よい。
白い砂浜が見渡せて開放感にあふれている。
全体を、こういう風に作ればいいのになあ、と思いながら
橋を降りて海浜公園をしばし探索。
大きな魚が跳ねている。サバみたいに大きいが
「サバなわけないだろ。ボラだよ」と夫。
でも、あんな大きなボラがいるだろうか。
ウインドサーフィンをやっている人もいる。
砂は白くてきめが細かく、とても快適だが、ここは遊泳禁止だそうだ。
こういうところこそみんなで水遊びを楽しんだらいいのにと思うが、
美しいところは眺めるだけで使うことができず、使うところは快適じゃない
というのは、どうも日本の環境の特徴のような気がする。
美しく使うことができない、というわれわれの問題なのかもしれないけど。

お台場海浜公園にはマンションもばんばん建っているが
全体がディズニーランドみたいな作りなのは、リゾートを意識しているからか。
こういう住環境で、日常と非日常を、うまく使い分けられるのだろうか
と、他人事ながら気になる。
せっかく来たのだからお昼を食べて帰ろうということで、
置いてあった自転車を組み立て、
台場のレストランでビールつきのランチをオーダー、
「土曜でこの程度の人出じゃ、やっていけないんじゃないか」
「若い人はね、土曜の昼なんか出てこないのよ。
朝早くから出かけるのは、おじさんかおばさん」などという会話を交わし、
夫たちは自転車で、私は再びゆりかもめに乗って
帰宅の途についたのでありました。

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2008年9月23日 (火)

此岸の風景

我が家の近くの西の某デパートで今日から北海道フェアが始まり
北海道の花○牧場の生キャラメルが販売されるというので、
朝一番に行ってみることにする。
生キャラメルは、バターとミルクと砂糖があれば自分でも作れるから
別に花○牧場のを買わなくてもいいようなものなのだけど
どんな味か比較してみたくて、インターネットでもトライしているが
いつも売り切れで残念な思いをしている。
西の某デパートのことだから、そんなに混んではいないかもと
根拠のない期待をしつつ、でも並ぶのは嫌なので、
開店早々に着くように家を出て、開店五分過ぎに到着。
1階には、すでに別の出店の列ができている。
催事場のある7階まで、直行エレベーターとエスカレーターを乗り継いで
行ってみると、端にある催事場から反対側の端まで、すでに長い列が。
「えー?これが列なの?」と思うまもなく
「本日の生キャラメルは完売いたしました」という店員のアナウンス。
どうやらこれは別の列だったらしい。
見ると催事場からは、何本も長い列が売り場を横切って長々と続いている。
ちょっと中を覗きに行ってみるが、あまりの混雑で中まで入っていけない。

北海道フェアが、そんなに珍しいかなあ、と思いつつ
さっさと諦めて、1階上の売り場で頼んでおいた商品を受け取り、
家庭用品の売り場を冷やかして石鹸の袋詰めを購入する。
ときどき出る、いろいろな香りの石鹸の袋詰めは
このデパートで購入する、私のお気に入りの定番のひとつ。
やはり定番のルートを辿って地下まで行き、
「さんさ」という秋色のおいしそうなりんごを買って帰ることにする。

バスターミナルでは霊園行きの停留所に長い列。
止まっているバスはすでに満員で、それもほとんどがお年寄りだ。
何もお彼岸だからって、こぞってお墓参りにいかなくたっていいのにと思うけど、
お墓参りも大勢で行った方が楽しいってことなのだろうか。
誰もいないお墓の方が、よほど落ち着いてのんびりできるのにね。

巷では不景気だと言われているが、あのフェアを見る限り
不景気なんてどこを吹いている風なんだろうという感じだ。
うまいものを求めての、あの熱気、あの貪欲さ。
まあ、年をとって最期まで残るのは食べることだし、
おいしいものを食べたときのシアワセ感は何物にも代えがたいから
これは現世の、ごくごく健全な風景ではある。
バスの中も杖をついたお年寄りだらけだ。
年をとったら毎日が日曜日だろうにと思うが、
人間、やっぱり休日に出かけたくなるものらしい。

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2008年9月13日 (土)

かったるい秋

やっと涼しくなったけど、体調がついていっていないのか、
今ひとつ元気が出てこない。
内田樹さんは、フランスにいると元気が出ないのは
味噌汁を飲まないせいで必須アミノ酸が摂れないからだと書いているが、
そういえば、暑くて味噌汁を作る頻度が激減していた。
そのせいかなあ。
なので、ごろごろしながらテレビばっかり見ている。
といっても最近は日本のテレビは、ほとん見るものがないので
「ミディアム」と「Dr.HOUSE」だけ。
どうしてこういう内容のドラマが日本では作れないのだろう。
本は電車に乗らないと読む気がしないので、
川村美術館の「モーリス・ルイス 秘密の色層」の内覧会に出かける。
なんだか春のように眠たいが、電車の中で本を開くと不思議と読める。
参考になるかと「女性医療の会話分析」を読み始めたが微妙だな。
グランデッド・セオリー・アプローチもそうだが、
会話だけをせっせと分析してもダメなんじゃないかなあと思うが、
研究者にとっては、こういう分析は魅力的なんだろうか。

「アクチュアル小児科診療」の『電話医療』については、
クライアントの先生に送っておいた原稿が採用になり、
共同執筆者として名前を載せていただけることになった。
原稿としては非常に短いものだが、自分が言いたいことはぎっしり詰め込んだので、
いくらか斬新な発想で、一石を投じるような内容に
仕上がったのではという気はしている。
こういう書物で、自分の仕事の宣伝をさせていただけるのは
とてもラッキーかつありがたいことではある。
こんな風に一歩一歩進んでいくのが、私のペースだし、
これもいろいろな先生方からの応援あってのことだから、
私としては感謝感激雨あられといったところだ。

春の研究会の発表は、とりあえずまとめて長老先生にチェックをお願いする。
返事が返って来たら、修正し要約と英文をくっつけて投稿すればいいのだけど、
先生がもつかどうか、それが心配だ。
先日うかがったときには、夜間の酸素吸入が必要な状態になっていらして、
相当しんどそうだった。
体調がよかったらチェックをお願いしようと思って行ったのだけど、
(こりゃダメかも)とちょっと躊躇していた。

ご一緒した3人の先生方と目配せしながら、
そろそろ、おいとましようという頃になって、先生が
「もう気力がないんだよね。だから今引き受けているのは割り箸事件へのコメントと、
小児科学会の『外来小児科学について』の原稿だけにしてもらっている・・」
とおっしゃるので、恐る恐る
「『外来小児科』に投稿予定の原稿持ってきたんですけど」と切り出してみたら
「それは見るから置いて行って」とおっしゃったのだ。
私としては、見ていただきたいという自分の利益半分と
何か案件があれば、先生の元気を呼び起こせるかも、
という他者利益半分のつもりだったが、実際には、どっちも成立しない可能性がある。
先生が、興味深そうに私の発表を聞いていらしたことは知っていたし、
その後、私の発表内容を取り入れて学会でコメントされていたことも知っていたので、
たぶん興味は持っていただけるだろうとは思ってはいたが。

で、先生から共同研究の執筆者として指名されている身としては
なんとか期限になっている来春までに原稿をまとめるべく
次回の勉強会の日にちを決め、他の2人の先生とデータを交換して
帰ってきたのだが、これをどうまとめたらいいのか、目下途方にくれている。
方法論から考えるというのは難儀だ。
これがやる気が出ない原因なのかもしれないが
モーリス・ルイスは、キャンバスにアクリル絵の具を流す、という手法を
ひとり自宅のダイニングで編み出したのだ。
それに感動して美術館から帰ってきたことを思い出しながら・・がんばってみよう。

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2008年9月 2日 (火)

『闇の子供たち』

夏休みのお仕事も終わったし、名古屋での学会にも参加したし、
9月になったしということで、久しぶりに「映画の日」に映画を見に行くことにする。
会員になっているギンレイか、そうでなければ割引チケットを購入して
見るのがいつものことだから、1800円で映画を見るということは、
ほとんどないが、それでも1000円で見られるのは嬉しい。

何を見ようかと考えて、気になっていた『闇の子供たち』に決める。
R-12というのが、ちょっと尻込みさせるが、すごく後味が悪くても
1000円だったら許せるかも、と思って有楽町のスバル座へ。
チケットだけ早めに買っておこうと開場1時間前に購入する。
お昼を食べておいたほうがよさそうだけど、そんなにおなかも空いていないし、
ル・パンだとちょっと重いなと、すぐ近くの椿屋珈琲店にする。
コーヒーが800円なのに、なんでランチが1000円なのかよく分からないが
ホットサンドのランチにして、映画館の中で食べられたらいいなと
「サンドイッチだけ持ち帰りにしてもらえませんか」と頼んでみるがダメ。
ラップで包んでくれるだけでいいのになあ。
まあ、店にしてみたら何かあったときの責任が持てないということなのだろう。
今度から、自分で持ち帰れるように持ち物の常備が必要よ、と自分に言い聞かせる。

『闇の子供たち』は、タイでのこどもの臓器移植と幼児売春がテーマだ。
日本では15歳以下のこどもの臓器移植が禁止されているので
移植しか方法がない場合は、外国へ出て行く。
アメリカだと費用が馬鹿高いということもあって、
タイの貧しい家庭のこどもがドナーとして選ばれる。
もちろん仲介する業者がちゃんといるから成り立つのだが
これが商売になっているということは、
脳死ではなく、生きているこどもをドナーにしているからだ。
敬虔な仏教徒の国で、なんでこんな商売が、と思うが
だからこそ成り立ってしまうのかもしれない、と思うと複雑な心境になる。

映画では、こうした事実を知っていても、
移植しなければ息子の命が救えないと、
移植に踏み切る日本人の家族が描かれる。なんだかやりきれない。
自分だったらどうするだろう。我が子の命を諦められるだろうか。
我が子の命のために、他の子の命を横取りできるだろうか。
臓器が売買されないように、早く再生医療が当たり前になってほしい。
人は可能性が見えたとたんに、そこにたどり着こうとしないではいられなくなる。
移植の是非というのは、もはや論点から外れてしまっているのだろうが、
金持ちや力の強い者が、貧しい者、弱い者を蹂躙するのを
そのままにしておくのは、やはりおかしい。

幼児売春の実態も描かれる。
演じたタイの子役たちは、自分の国のこどもたちのために演じる
と語っていたという話を、どこかで聞いた。
ここでも、欲望のおぞましさが描かれる。
ボランティアと称するメンバーがアンダーグラウンドに属している
タイの複雑な社会も描かれる。
江口洋介のイメージもあって、結末はやや唐突な感じがする。
ただ、タイトルバックとともに流れる桑田クンの「現代東京奇譚」は
映画をとてもよく表現しているように感じられた。
この映画は、テーマはとても重いが、
現代人の感受性のありようをよく理解し
そこにフィットするように作られている、
という意味で非常によくできた映画だと思う。
これは監督の手腕だろう。
私たちには、あまりに厳しすぎる現実を直視する力はもはやなく、
しかし知るべきことは知っておかなければ、という理性はまだ失っていない。
桑田クンの曲は、そこをとてもよくつかんでいる。
でも、なんだかとても悲しくなる映画だった。

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