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2009年1月 7日 (水)

アラカンは異端

昼間「今日は七草食べるの?」と息子に聞かれて
「ああ、用意しなきゃね」と答えたまま、すっかり忘れて
バイト前の夕食はサーモンのクリームスパゲティにしてしまった。
何も言わなかったところを見ると息子も忘れていたのだろうか。
母親に物忘れを自覚させるような酷なことはしまいという子の心か。

「アラ還になりましたが、チョイ悪オヤジで今年も頑張ります」
という年賀状が山形の先生から届く。
最近毒舌が聞こえませんね、という去年の年賀状への返事なのかも。
嵐勘十郎とチョイワルオヤジとどういう関係があるんだろうと
しばらく考えてしまったが、ああ、アラウンド還暦かとひらめく。
しかしこの先生、今年は62歳のはずだから、言うんだったら
「アラ還からはだんだん遠ざかりますが」って言うべきじゃないの?
と内心でツッコミながら、相変わらず世相に敏感、と感心する。
世の中の動きに敏感な先生ほど、患者についてもよく見ている。
そして、たいていの場合、こういう先生はお医者さまの中では異端だ。
でも、一般人から見るとこういう先生が一番まともに見える。

お正月に熱が出て休日診療所を受診し、
そのまま下がらないために、5日にかかりつけ医で
マイコプラズマと診断されたが、まだ下がらない、
もう1週間も熱が続いているのにー、という電話が何本も入る。
熱が出てもすぐに診断がつくわけではないだろうから、
どうしても「後医は名医」になるのは避けられないが、
診断がつかないのに抗生物質を処方する、というのがよく分からない。
診断無しの処方っていうのはありなんだろうか。
診断の質的研究っていうのが必要なんじゃ?という気がする。

昨年亡くなった小児科の大御所の先生の口癖は
「診察室にビデオを設置して診断名を伝えた様子を録画しておき、
診察室の外に出たところで聞き取り調査をすると、
8割は診断名を覚えていない」と言うものだった。
「患者とはそういうもんだよ」という上から目線が言外に感じられて
あんまりいい感じはしなかった。
この伝からいうと、医師がいくらきちんと伝えたとしても
覚えていない患者に問題があるってことになるが、
果たして患者が理解できるように伝えていたかの方が問題だろう。
実はビデオを撮る価値は、そこにあったはずなのだけど
そこには関心が行かなかったらしい。
偉くなればなるほど自分を省みるということができなくなるのかも。

この辺が医療者の電話相談員としての不適切性といえるかもしれない。
♯8000も含めて、診療時間外の電話相談というと医療者の多くは
保護者(素人)の質問に医療者(専門家)が回答を与えることで
不安を解消する、あるいは不要な救急受診を減らすものと考える。
専門資格があると、どうしても自分の存在価値を強調したくて
こういう解釈をしてしまうのだが、それはひとりよがりというものだ。
電話相談の本質は、むしろ双方向性を担保するところにあって、
それは「やりとり」というコミュニケーションの部分だけでなく
時間外の場合でいうと、診療というボールと
結果・経過というボールのキャッチボールということでもある。
保護者が投げ返してきた問題は、まさに医療者が投げたボールなのだ。
焦点を当てるべきは、医療者がどんなボールを投げたかってところにあるので、
つまり相手の問題ではなく、自分の問題がどこにあるかが分かる
というところが電話相談の価値なのである。
これが理解できないので、医師が電話相談のマニュアルを作って
看護師にやらせるという、わけの分からないことが起こる。
それに黙って従っている看護師も看護師だとは思うが
習い性とは恐ろしいものである。

ERテレフォンクリニックウェブサイト: http://homepage2.nifty.com/er-telclinic

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