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2009年12月28日 (月)

バカの振り

佐藤元首相とニクソン元大統領が沖縄への核持込について
密約を結んでいた文書が佐藤氏の私邸に保存されていることが分かり
「やっぱり密約はあった」ということが明らかになった。
外務省は、これは公文書ではなく私文書だとして、
密約はなかったことにしてきたらしいが、こうなると何でもありである。

内田樹さんも書いているように
http://blog.tatsuru.com/2009/12/26_0816.php
当時密約がないと思っている人はほとんどいなくて
みんな「怪しい」と思っていたはずである。
ところが、その佐藤氏がノーベル平和賞をもらったので
なんだか一気に気が抜けて、
「ああ、ノーベル賞ってその程度のものだったんだ」と
思うようになってしまった、というのが、おおかたの感覚だったと思う。

内田さんは、日本人の「あってもないことにする」ワザは、
ノーベル平和賞の選考委員たちが見抜けなかったほど
高度だったと言いたいようだけれど、これは逆なんじゃないだろうか。
選考委員たちは、怪しいという思いは充分踏まえた上で
(ひょっとしたら確信もあったかも)熟慮の末、授与したのだろう。
オバマ大統領がまだ平和に貢献していないにも関わらず
平和賞を受賞したのとおそらく同じ理屈である。

内田さんの言うところの、この「あってもなかったことにする」振りは
必ずしも、辺境に位置する日本という国の国民に特有
というわけではないだろうが、私たちの日常的なスキルであることは確かだ。
たとえば、秘書は上司のためにごく当たり前に「知らなかった振り」をする。
相手も上司も傷つけずにコトを丸く治めるためには、
自分がバカになるのが一番無難で手っ取り早いってことは
優秀な秘書なら誰でも知っている。
上司は、こういう優秀な秘書は決して手放さない。
バカの振りができるということは、優秀な証だからである。

でも最近は、こうやってバカの振りをしているうちに
ひょっとして、だまされていることも感知できないホントのバカに
なりつつあるのかもしれないと思うようになってきた。
たとえばJMM No.563で、ニューヨーク在住の
肥和野 佳子さんという人が、なぜニューヨークでユニクロの
ヒートテックが売れないか、ということを書いている。
日本ではバカ売れのヒートテックがニューヨークで売れないのは
あちらでは室内温度が高すぎて、暖かい下着なんぞ
着ていられないから、というのがその理由だ。
かの地では、冬は半袖、夏は上着着用が普通の温度設定なのである。
そういえば、フロリダに住む妹は、
冬場は20度になったら暖房を入れるのだと言っていた。
冬でも半袖でOKのフロリダで、である。
我が家のエアコンの冬の設定温度は20度だと言ったら目を丸くしていた。

アメリカは極端なのかもしれないが、以前冬のオーストリアへ行ったときも
室内は至極快適だったことを考えると、アメリカが特別というより、
欧米の快適基準は日本とはかなり差があると考えた方がいいだろう。
にもかかわらず、「夏は28度、冬は20度に設定しましょう」という
スローガンを当たり前に流し、それを生真面目に守ろうとしている
人がいるとしたら、どう考えても人が好すぎるんじゃないだろうか。
それとも、これも欧米の快適基準を知らない振りをした
国を挙げての外向きスローガンなんだろうか。
だとしたら、誰がそれによって得をしているんだろう。

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2009年12月21日 (月)

「語る」ことの力

NPO法人ディペックス・ジャパンの『語りのデータベース』が今日公開された。
http://www.dipex-j.org/
第一弾は「乳がん患者の語り」である。
ディペックスの本家はイギリスだが、患者の語りに興味を持った
数人の有志がイギリスまで出向き、さまざまな過程を経て
とうとう日本でもデータベースの公開にこぎつけた。
今回のデータベースでは、40人あまりの乳がん患者の語りが、
さまざまな角度から切り取られ、テーマ別に分類された
映像と文字によって見ることができる。
文字だけでは見えないその人の思いが
圧倒的なパワーを持って伝わってくる。

ディペックスについては、電話相談という生活者の声を捉える仕事と、
患者の語りという部分に大きな共通点があると感じて、
スタートから注目してきたが、仕事の都合もあって、
なかなか深く参加できないでいた。
昨年になって、やっと少し余裕ができたので、
シンポジウムのお手伝いをさせていただき、それがきっかけで
幸運にも今年は研究協力員として参加させてもらえることになった。

視覚優位というか、文字社会というか、現代は、
どうしても文字で書かれたものを信奉する傾向がある。
文字に残されたものは後から読み返すことができ、
目に見えるように論理を伝えることもできて説得力が強い。
だから、そこで抜け落ちてしまうものについては見過ごしがちである。
一方、声という聴覚信号は、一過性で通常は聞きなおしが効かず
言葉と声は、表現することがしばしば矛盾するから、
それらを総合して相手を理解するのは、そう簡単ではない。
電話相談が難しいのは、この言葉ではなく声に含まれる
相手の感情の汲み取り方に個人差があるからである。
相手に対する理解には、受け手の生活体験に基づく感性が
ものを言うが、そこは往々にして注目されない。

これはひとつには、電話相談が質疑応答だと思われているからである。
これまで電話相談でのやりとりの様子はQ&Aで表されることが多かった。
私自身もそうやって何冊か本を制作してきた。
こんな風に単純化することで、何かが抜け落ちている
という感覚を抱きながらも、それ以外の方法を見出せずに来てしまった
というのが正直なところである。
これが電話相談に対して誤解を生んでしまったのではないだろうか。
Q&A形式では、知らない人は、どうしても相談者の質問に、
受け手が回答するのが電話相談だと理解してしまうだろう。
電話相談をやっている(と思っている)多くの人たちが
答えられるかどうかが重要である考えてしまうのは、そのためである。
だから専門職であれば誰でも電話相談ができると思ってしまう。

しかし実際には、電話相談で行われていることは
質問に答えることではなく、相手に考えさせることなのである。
相手に考えさせて、相手に答えを出させる。
そのためのさまざまなやりとりがあって、
最終的には、相手がどんな答え(たとえ受け手が肯定できない)
を出したとしても受け手は了承する、というのが電話相談である。
もっとも重要なことは、この最後の「受ける側の了承」なのだけれど
ここのところはしばしば無視されて、下手をすると
受ける側が納得できる結論を導く、という風に誤解される。
Q&A形式が招いた悪しき結果である。

「患者の語り」とは、まさにこの「受ける側の了承」にほかならない。
ここでのインタビュアーは、電話相談員とは異なるから
相手の問題解決に積極的に関わっているわけではない。
ただ、相手の話に耳を傾けているだけである。
ある意味、語り手はさまざまな経験を経て、自分なりの答えを
すでに出しているから、インタビュアーはそれを聞き取り、
そのほかに、みんなが聞きたいと思っていることを
明らかにしていく役目を担っているだけなのだが
そのときに、なぜ語り手が十全に語れるかといえば、
それはインタビュアーがすべてを了承しているからである。

注意深く電話相談をおこなってみれば、すぐ分かることだが
電話で相談してくる人たちも、すでに答えを持っている。
ただ、本人はそのことに気づいていない。
しかし、話を聴いてもらい問いかけてもらう中で、自分がどのように
考えているかに気づいていく、というのが相談のプロセスである。
まあ、言ってみれば「自分が何を考えているかが分かる」
ということが明日への活力(なんだか古い言い方だけど)
つまり、自律につながるってことなのだ。

ディペックスの価値は、もちろん「語りのデータベース」を作成し
提供するところにもあるけれど、「語る」ということの持つ力を
具体化して見せているということにもある。
電話相談でも、それをやらなきゃ、と思わされている。

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2009年12月12日 (土)

『ノーマンズランド2009』

ディペックスのさくまさんへのインタビューで雨の中を銀座のオフィスへ。

先日の澤田さんとは、また違った見解を聞くことができ、なかなか興味深い。
インタビュー結果がインターネット上でオープンになる以上、
聞き込む内容は制御せざるを得ない、というさくまさんと少し議論する。
後の人のために役立つデータベースを作れる内容であることと
インタビュイー(インタビューされるがん患者)を傷つけないこと、
さらには、被医療者をとりまく医療環境をよい方向へ変えて行こうとする
研究者や医療者にとって不足のない内容であること
という連立方程式が、どうやったら解けるか、
というのが課題なのだが、答えはまだ見えてきていない。

私は、後から編集するのであれば、インタビュアーはがん患者の
アドボケーターである以上、自分たちが必要と思うなら、
それについては極力突っ込んで聞くということは必須ではないかと考えている。
がん患者を特別な存在と考えず、次世代のために
自分を役立てようとしている、我々世代と同じ人たちと考えるなら、
次の人たちが聞きたいと思うことについては臆せず聞く、ということが
あっていいし、それはむしろ彼らに対して礼を尽くすことにも
なるのではないか、と考えるが、ここは意見が分かれるところだ。
このあたりは、相手が見える対面のインタビューと
相手が見えない電話相談とでの感覚の違いなのかもしれない。

さくまさんと約2時間近い、なかなか実のあるインタビューを終えたあとは
昨日「とんねるずのみなさん」の皿うどんがおいしそうだったので、
その皿うどんを目指して銀座の「吉宗(よっそう)」へ。
ネットによれば、銀座通りの松坂屋側、新橋寄りにあったはずなので
途中、外苑通りから銀座通りへ曲がってみるのだが、
なんだか風景が違う感じがして、とりあえず4丁目近くまで行って戻ることに。
雨の中を歩いているうちに、記憶違いかも、今日はダメかもなあと
ちょっと意気喪失しそうになった頃に、やっと看板が見えてくる。
銀座というより新橋の飲み屋のような気さくな雰囲気で、
出てきた皿うどんの盛りのいいのに仰天。
残したら悪いよなあと思いつつ食べ始めたら、
結構庶民的な味で結局平らげてしまった。
長崎で本場のちゃんぽんを食べた時は、甘すぎて閉口したが、
関東のちゃんぽんや皿うどんは総じて
こちらの舌にあった味付けになっていて嬉しい。

午後は外出ついでに、フランス大使館の「ノーマンズランド2009」
という美術展へ行くことにしていたので、H&M、ZALAの前を通り過ぎて
松坂屋の地下から地下鉄に入ることにする。
銀座へはよく来るが、松坂屋へ来ることはほとんどないのは、
なんとなく4丁目から新橋方面は、ちょっと自分のセンスと
違う感じがするからだが、しばらく見ないうちに、
松坂屋の地下には「ドンク」が入っており、思わずパンを買ってしまう。
さらに下の階には「無印良品」も入っていて、松坂屋も変化している。

フランス大使館は日比谷線の広尾で降りて天現寺交差点を左折し、
2本目の路地を左折したところにある。
大使館の建て替えにあたって、古い大使館を壊す前に
そこをギャラリーにして、さまざまなアーティストに開放し、
来年の1月一杯、いろいろな作品を展示している。
北朝鮮と韓国との非武装地帯を写真に撮った作品や
鳥の死骸が美しい羽の花を咲かせている、ちょっとショッキングな作品、
部屋全体を日本語やフランス語の辞書の切片で埋め尽くした作品など
いろいろな発想があって楽しい。
庭にもいくつか作品が展示されており、何本かの細い筒の中を
羽が行ったり来たりしている作品の前でしばし過ごす。
雨の中の美術鑑賞もなかなかいいものである。

「ノー・マンズ・ランド」というと、2001年に公開された同名の
映画を思い出させるが、このボスニア戦争を題材にした反戦映画は
特に最後がショッキングで忘れられない。

http://www.bitters.co.jp/noman/

旧フランス大使館は、これから取り壊されるわけだが
ここに飾られた数多くの作品は、破壊されずに無事撤去されるのだろう
と思うと、映画と違ってちょっと救いがある。
フィクションは、あくまで映画の中だけであってほしいものだ。

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