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2010年4月26日 (月)

求めよ、さらば与えられん

叔母の納骨式、中学の同級生の定年を記念した新響の定期演奏会、
ディペックスの定例会議と、3週続けて日曜日にイベントが入り、
なんだか曜日の感覚がない。

納骨式では何十年ぶりかで会う親族もいたが
親族特有の近さが心地よい。
定年記念の演奏会では、ブルックナーになんとか寝ずに
持ちこたえ、二次会では彼の日比谷高校の同級生たちと
お喋りに花を咲かせる。なかなか刺激的な連中である。

日曜日が毎回つぶれているので、
NHK教育で始まっている『ハーバード白熱教室』と
TBSの『新参者』を、なかなかリアルタイムで見られない。
毎回PCで録画予約し、誰かに電源onを依頼して出かける。
どっちもヒジョーに面白い。
特に『新参者』は2回目を見て、やっと、こういう作りかと分かったが、
伊達に俳優を揃えたわけじゃないってところがいい。
目下のところ、これと坂本教授の『スコラ』(これもNHK教育)
それに『ミディアム シーズン5』が定番である。
NHK教育おそるべし、と日記に書いていた人がいるけど、ホントだ。
TBSも経営が大変らしいが、頑張ってもらいたいものである。

日曜以外はディペックス・ジャパンの年度末の報告書と
バレエのレッスンと仕事で日が暮れる。
報告書はDVDを見て、インタビューの評価要因を抽出し、
まとめる作業だが、途中から字数を増やしてもらったので、
書き足りない部分をどんどん追加する。
おかげでだいぶ分かりやすくなった。
やっと仕上がったのでメールで送信し、
洗濯物を干してから久々にららぽーとへ。
次の仕事もあるのだけど、とにかくまず気分転換。

前回行ったのがいつだったか忘れてしまったくらい
ららぽーとは久しぶりである。
休み明けだというのに、送迎バスは大混み。
なんでこんなに人が出ているのだろう。春だからだろうか。

まずはアジアンテイストのいつもの店を覗いてからアクタスへ。
居間に置く手ごろな戸棚を探す。
その後回遊の旅へ。
とりあえず全館を巡るつもりで動き始めるが、
なんだか頭がクラクラするのは、情報量が多すぎるからか。
ソニープラザの先の方にあった家具屋はなくなっていて
開店準備中のスペースも結構ある。
なんだかすごくお腹がすいてきたので携帯を見ると12時半だ。
どこでお昼を食べようかと思うが、
結局一番手近な「アフタヌーンテティー」へ。
ここも女性客で大混みである。
お喋りがウワンウワンという音になって聞こえる。

本を読みながらランチ。
「思考と行動における言語」という本は1985年の初版だが
内容は全く古びていない名著である。
その代わりなかなか読み進まない。
ポットのお茶を飲み終えるまで1時間ほど過ごしてから再び回遊へ。
エスカレーターを上ったり降りたりしながら、
雑貨、服飾と手当たり次第に、しらみつぶしに店を覗いて
歩いていると、南北どっちへ向かって歩いているのか、
だんだん分からなくなってくる。
たぶん、これがお客を引きつけているのだろう。

それにしても結構な距離である。
ゴルフでラウンドを回るっていうのは、こういう感じなんだろう
と思いながら、我ながらなかなかの根性だと感心する。
おかげで、フランフランの隣の店で、ようやくよさそうな戸棚が見つかった。
しかも今なら20%オフ!
求めよ、さらば与えられん、である。

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2010年4月17日 (土)

『ORGAN』

久しぶりに娘が出ている芝居を観にいく。
昨年前半は、公演に出すぎて生活ができなくなりそうだったので
後半はきっちり仕事をして、生活優先を厳命したのに
今年になって、オファーがあったので出ないわけにはいかない
という理由で出演を決めてしまった。
「出るなら仕事は辞めるな」と条件をつけたら
雇用主と交渉して、なんとかつなぎとめたらしい。
仕事場では結構利用価値があるようなので
親としては、ひとまず安心する。

親の世代は、まず仕事を確保して
それから楽しみを見つける、という順序で話が展開したが
娘の世代は、楽しみに合わせて生活が作られる。
まあ、シアワセには違いないのだが、
シアワセを保証する基盤が脆弱なのが、親としては困る。
しかし本人は、脆弱さをあまり気にする風がない。
アリのマネはしなくていいとは確かに言ったけれど
キリギリスに変身しろとは言わなかったはず。
誤算である。

さて『ORGAN』という芝居は、臓器移植をテーマにした内容で
ドナー側とレシピエント側の両方の2本立てになっている。

案内には、

elePHANTMoon #9「ORGAN」
http://www.corich.jp/m/s/stage_detail.php?stage_main_id=12994

2010.4/7(水)~18(日)
新宿サンモールスタジオ
http://www.sun-mallstudio.com/access.htm

近い未来。臓器移植法の改正によりドナー(提供者)が
レシピエント(受容者)を選べる制度が確立した世界を
双方の視点から描く"ドナー編"と"レシピエント編"を同時上演。

とある。

今回は時間がないので、娘の出ているレシピエント側の公演を
観ることにしたのだが、幕が開く2日前になって風邪をひいたと
かかりつけ医を受診し、初日2日後には、ひどい声で電話をかけてきた。
熱もなく、身体もつらくないが、声だけが嗄れたらしい。
「一発で治す方法はないか」と言うので
「そういうものはない。行くなら耳鼻咽喉科」と伝えたら
芝居仲間がかかっている耳鼻科を受診したようだった。

レシピエント側の芝居は、どこかの家の居間での会話から始まる。
話が展開するにつれて、年に1回のバーベキューパーティが
おこなわれようとしているのだと分かる。
参加者のカップルのひとりと、その家の娘は不倫関係にある。
それとは別に、これから結婚しようという新たなカップルもいる。
なんだかワケの分からない、妙な雰囲気の男や
マイペースで自信満々な男もいる。
娘の母親は、みんなをもてなすのに心を砕いているように見える。

しかし参加者は年1回のバーベキューパーティが、
だんだん鬱陶しくなってきてもいる。
どうやら集まってきている連中は、事故で死んだ
この家の長男の臓器を移植してもらった連中らしいのだ。
妙な雰囲気の男は、長男を事故で死なせた本人で
自分のネコを救おうとして、人を死なせたということを、
負い目にさせられている。

不倫男のカップルは、男が昇進し
仕事が忙しくなったので、参加はもう無理かもと言い、
新しいカップルは、北海道でパン屋を始めることにしたので
年1回は難しいかもと言う。
娘と母親にとっては、兄の臓器をもらった連中が
だんだんシアワセになっていくにつれて、
恩義を忘れていくようで、それが腹立たしい。
年1回のバーベキューパーティは、
母娘が兄に会うために開いているものなのだが、
自分たちの好意は次第に忘れられつつあるように感じる。

で、みんなが来れなくなったときに何が起こるか。

ネタばれになるので、これ以上は伏せるけれども、
ありそうな展開だけに、非常にブラックである。

これはレシピエント側の芝居といっても、
ドナー側を描いたようでもあり、
ドナーというのは、実は本人ではなくて
周囲の人間かもしれない、と言っているようでもある。
ここでは与える側は、与えられる側に対して優位に振舞っている。
しかしそれは、かろうじてレシピエントの負い目に
支えられているに過ぎないという点で、ないに等しいものでもある。
移植は命をつなぐものには違いないが、
それに付随する関係はつながらない方がいい
と言っているようでもあり、なんとも苦い内容になっている。

この芝居、なかなか台本ができなくて、
演じる方は苦労したらしいが、よくできていることは間違いない。
1時間というコンパクトな作りもよかったといえる。

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2010年4月10日 (土)

参加と参画

ディペックスの公開シンポジウム『臨床試験への患者参画』が
東大薬学部の大会議室で開かれた。
予想以上の参加者で100名近い席はほぼ満席。
英国DIPExでは、すでに「臨床試験体験者の語り」が
ウェブサイトに載っており、日本でのスタートアップとしてのシンポである。
実のところ「臨床試験に参加する患者の語り」というのが
どのような意味を持つのか、よく分からないまま
運営スタッフとして関わったのだが、なかなか充実した内容だった。

第一部では、英国Oxford大学健康体験リサーチグループの
Louise Locockさんが、英国ディペックスのウェブサイトと
臨床試験の体験の語りについて紹介。
臨床試験に参加した人、参加しなかった人それぞれの語りによって、
臨床試験がどのように捉えられ、誤解され
患者が、どこに意義を見出しているかが明らかにされた。
自分だけが特別な薬を投与される恩恵を受けている
という誤解もあれば、臨床試験は治療だと捉えている人もいる。
実は、投与される薬が被験者にとっていいか悪いかは
結果を見なければ分からないのだが、英国でも
その辺は充分に理解されないままおこなわれてしまう
ことがあるようだ。

第二部はそれを受けて、東大の津谷教授を座長として
厚労省の治験推進室長とがん患者会代表、さらには
医療者の立場からディペックス・ジャパン理事長の別府先生が
まず短いプレゼンテーション、続いてパネルディスカッション。

厚労省は「新たな治験活性化5カ年計画」を策定し
「治験・臨床研究を実施する医療機関の整備」や「実施する人材の育成」
「国民への普及啓発と参加を支援」すると国の立場を説明。

なるほどこういう背景があったので、別府先生が
今回の企画を強力に推していたのだと納得する。

イデアフォーの代表は患者の立場から、
これまでの治験が被験者に不利益をもたらすものだったり、
患者にとって意味がないものだった例がある事実を述べ
こういうことを明らかにしようとすると、むしろ医療者が、
それをヒステリックな患者の振る舞いと
断罪することの問題を強調する。そして
臨床試験が治療ではなく、ヒトを用いた科学的実験である
ということをもっと社会全体が理解すべきだと言う。

別府先生は自身の薬害研究というバックグラウンドから
新薬の開発や治験には、エンドユーザーである
患者の価値観や意見を反映させることが不可欠であり
そのためには試験計画の段階から参加を呼びかけることも
必要だろうという持論を展開する。

フロアとの質疑応答もなかなか的を得たものが多く、
活発でさまざまな論点が浮かび上がったが、
第一部で司会をした東大特任助教授の田代先生が
プログラムに寄せた『新たな医療文化のために』
という一文が、今日のシンポを代弁しているように思えた。

彼は今日のテーマが『臨床試験への患者参画』となっていることに
着目し、「参画」は「参加」という言葉が本来的な意味を
取り戻したものだということを、原語の「テイク・パート」を引いて説明する。
「テイク・パート」である以上、それは「ある人がある部署を
責任を持って受け持つ」ことにほかならず、
「個々の個人の自覚と責任性」、さらには「賭けとか果敢な行為」
という意味までもがそこに含まれるという。
患者が参加するということは、患者は医療サービスを
要求するだけでなく、未来の医療のデザインそのものを、
医療者とともに構想し、なおかつ、その実行と結果に
一定の責任を持つ、ということをも意味する、と彼は書く。
今おこなわれている臨床試験は本当に必要なものか、
被験者の権利はしっかりと守られているか、
さらには、これからどんな臨床試験をおこなうべきか、
そのために患者の側でできることは何か、
今の患者が引き受ける負担と将来世代が必要とする医療
とのあいだでの慎重な比較考量も患者が加わるべき分野なのである。

これと響きあうのが、ちょうど昨日まで延々と続いて、
うんざりしてやっと抜け出した、某SNSでの地域医療貢献加算の議論だった。
そこでは、多くの勤務医が(ここがワケがわかんないのだが)
「開業医いじめだ」「こんな安い診療報酬で医師を殺そうというのか」
「誰もやんないよ、こんなの」「意味がない政策」という罵詈雑言を
この政策に対して浴びせていた。
それがあまりにも近視眼的で滑稽なので、いささか楽しんでしまったのだが
こういう傾向は必ずしも医師に限ったものでもなさそうだ。

彼らは「時間外もかかりつけ患者のケアを心がけろ」という
この加算の意義については、しぶしぶながらも認めていたが、
それが医師の過剰な負担を要求し、しかも報酬が正当ではない、
という点に論点をすり替えて、加算そのものを攻撃していた。
けれど私の見るところでは、この設定の主旨は、むしろ
医師にいかにこの業務に関わらせないようにするか
というところにあると思われる。
これは、今のところ誰も指摘していない。
つまり、ここで想定されていることは、
医療をもっと多様な人材に担わせようということであり、
しかも、医療という業務の内容を広げることでもあり、
さらには、それについて患者にもある程度の負担を
負わせるということであって、患者自身にも医療の一端を
担わせようということなのである。
そういう意味で構造的な改革が進みつつある、と
私は睨んでいるけれど、たぶん多くの医師にとって
まだ、それは受け入れ難いものなのだろう。
まずは、ワーカホリックに罹っている患者に参画してもらって、
ヒマという新薬の治験から始めてみるというのはどうだろうか。

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2010年4月 1日 (木)

「地域医療貢献加算」で侃々諤々

「地域医療貢献加算」の話題で小児科医の某MLが賑わっている。
曰く、診療報酬の減額が気に入らない、
曰く、今だって夜間休日診療に出務している、
曰く、急病電話相談事業にもかり出されている
なのに、なんでそういうことを考慮しないのか、ということらしい。

私自身は、この「地域医療貢献加算」というのは単純に
開業医の「かかりつけ患者をサポートする」姿勢を応援するもの
と捉えているので、開業医の側からの
「これ以上働かせて、医者を殺す気か」という感情的反発には?である。
別に医師に24時間働けって言ってるわけじゃないしー。
むしろ診療報酬のあり方が、患者本位に変わろうという兆し
なのではないか、と考えている。

『外来小児科』という学会誌に論文が載ったときに
某全国紙の記者さんから勧められて投稿した短文を再掲してみる。
元になった論文のURL(googleドキュメント掲載)もついでに。

○小児救急電話相談に利用者が求めること
http://docs.google.com/leaf?id=0BwH-kjjIMgqgOGYyNDI1OGEtODQwNy00NTgwLTliNzktM2RkZGRiODRhNGQ5&hl=en

○保護者は何故不要な救急受診をするのか
http://docs.google.com/leaf?id=0BwH-kjjIMgqgY2ZmYWQ4NDEtYThiMS00OWJhLWFiMmQtNjkyNmQyMmU0ZDJk&hl=en

「小児救急医療において、夜間や休日に適切な
救急医療を提供するためには、体制の整備と同時に、
適切な受診行動がとれる保護者を育てることも急務だろう。
コンビニ受診や不要不急な受診などが、
小児救急医療の妨げになっている、という論調も見かけるが、
そうした受診行動が、どこからもたらされてきたか、
という分析も必要ではないだろうか。

小児科開業医の時間外電話相談では、こどもの病気に対する
保護者の対処のしかたに2つのタイプがあることを把握している。
ひとつはこどもに異変があると、すぐ「受診しよう」とするタイプ、
もうひとつは、まず「相談しよう」とするタイプである。

「発熱」という、もっともポピュラーな症状の対処のしかたについて、
この2つのタイプを比較分析すると興味深いことが分かる。
「受診しよう」というタイプは、熱の高さやこどもの様子(元気や機嫌など)
などに関係なく「即受診」と判断しており、
その理由は「早く受診すれば早く治るから」である。
彼らにとって熱はコントロール可能な症状であり、不安が強いからというより、
発熱という問題を最速で解決するために「受診」を選択する。
「受診」は条件反射的でありほとんど習慣化している。

一方、後者の「相談しよう」とするタイプは、
かなりの高熱でもただちに受診はしない。
電話からは「相談」することで不安を乗り越えよう
とする様子がひしひしと伝わってくる。
不安とは予測不可能性に耐えようとする力であり、
「相談」することは不安を分かち合うことでもある。

「早く受診すれば早く治る」と考えるタイプは
必ずしも夜間や休日に特異的なわけではなく、
昼間の受診者の多くがこのタイプである。
つまり、夜間や休日の受診行動は昼間の延長線上にあるにすぎない。
したがって夜間や休日に適切な受診行動を期待するのであれば、
まず昼間の受診のしかたから変えていく必要がある、というのが、
受診者の日常的な行動から観察される結論でもある。

「早く受診すれば早く治る」という思い込みは
「自分で対処しなくてもお医者さんにかかればよい」
という依存性と表裏一体でもある。
こうした依存性は、病気の種類や治療法の変化、
国民皆保険によるフリーアクセスや医療費の無料化など、
さまざまな要因が絡まって形成されてきたのだろうが、
制度の恩恵をうまく利用しつつ、適切な行動がとれる保護者を育てるためには、
当然のことながら、こうした依存性にも目を向ける必要がある。

熱をコントロール可能と考える根底に見え隠れする
「お医者さまは神様です」という思い込みは、医療者にとって
耳に心地よいかもしれないが、同時にリスクにもなり得る。
しかし、そう認識している医療者は案外少ないのではないだろうか。
医療の不確実性や予測不可能性について、
診療場面で、あるいはメディアを通じて、当事者である医療者自身が
もっと積極的に発信していかないと、自らの首を絞めることにならないかと懸念する。

さらには、量ではなく質が評価できる診療制度も必要であろう。
受診数や処置数の積算によって経営が成り立つような診療報酬制度であるかぎり、
不要不急な受診は減らないし小児科医の疲弊も続く。
不採算事業としての小児科の撤退も止まらないだろう。
保護者と医療者双方が、診療を通して望ましい医療とはどのようなものかを
理解できるような制度を実現させたいものである」

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