« 「地域医療貢献加算」で侃々諤々 | トップページ | 『ORGAN』 »

2010年4月10日 (土)

参加と参画

ディペックスの公開シンポジウム『臨床試験への患者参画』が
東大薬学部の大会議室で開かれた。
予想以上の参加者で100名近い席はほぼ満席。
英国DIPExでは、すでに「臨床試験体験者の語り」が
ウェブサイトに載っており、日本でのスタートアップとしてのシンポである。
実のところ「臨床試験に参加する患者の語り」というのが
どのような意味を持つのか、よく分からないまま
運営スタッフとして関わったのだが、なかなか充実した内容だった。

第一部では、英国Oxford大学健康体験リサーチグループの
Louise Locockさんが、英国ディペックスのウェブサイトと
臨床試験の体験の語りについて紹介。
臨床試験に参加した人、参加しなかった人それぞれの語りによって、
臨床試験がどのように捉えられ、誤解され
患者が、どこに意義を見出しているかが明らかにされた。
自分だけが特別な薬を投与される恩恵を受けている
という誤解もあれば、臨床試験は治療だと捉えている人もいる。
実は、投与される薬が被験者にとっていいか悪いかは
結果を見なければ分からないのだが、英国でも
その辺は充分に理解されないままおこなわれてしまう
ことがあるようだ。

第二部はそれを受けて、東大の津谷教授を座長として
厚労省の治験推進室長とがん患者会代表、さらには
医療者の立場からディペックス・ジャパン理事長の別府先生が
まず短いプレゼンテーション、続いてパネルディスカッション。

厚労省は「新たな治験活性化5カ年計画」を策定し
「治験・臨床研究を実施する医療機関の整備」や「実施する人材の育成」
「国民への普及啓発と参加を支援」すると国の立場を説明。

なるほどこういう背景があったので、別府先生が
今回の企画を強力に推していたのだと納得する。

イデアフォーの代表は患者の立場から、
これまでの治験が被験者に不利益をもたらすものだったり、
患者にとって意味がないものだった例がある事実を述べ
こういうことを明らかにしようとすると、むしろ医療者が、
それをヒステリックな患者の振る舞いと
断罪することの問題を強調する。そして
臨床試験が治療ではなく、ヒトを用いた科学的実験である
ということをもっと社会全体が理解すべきだと言う。

別府先生は自身の薬害研究というバックグラウンドから
新薬の開発や治験には、エンドユーザーである
患者の価値観や意見を反映させることが不可欠であり
そのためには試験計画の段階から参加を呼びかけることも
必要だろうという持論を展開する。

フロアとの質疑応答もなかなか的を得たものが多く、
活発でさまざまな論点が浮かび上がったが、
第一部で司会をした東大特任助教授の田代先生が
プログラムに寄せた『新たな医療文化のために』
という一文が、今日のシンポを代弁しているように思えた。

彼は今日のテーマが『臨床試験への患者参画』となっていることに
着目し、「参画」は「参加」という言葉が本来的な意味を
取り戻したものだということを、原語の「テイク・パート」を引いて説明する。
「テイク・パート」である以上、それは「ある人がある部署を
責任を持って受け持つ」ことにほかならず、
「個々の個人の自覚と責任性」、さらには「賭けとか果敢な行為」
という意味までもがそこに含まれるという。
患者が参加するということは、患者は医療サービスを
要求するだけでなく、未来の医療のデザインそのものを、
医療者とともに構想し、なおかつ、その実行と結果に
一定の責任を持つ、ということをも意味する、と彼は書く。
今おこなわれている臨床試験は本当に必要なものか、
被験者の権利はしっかりと守られているか、
さらには、これからどんな臨床試験をおこなうべきか、
そのために患者の側でできることは何か、
今の患者が引き受ける負担と将来世代が必要とする医療
とのあいだでの慎重な比較考量も患者が加わるべき分野なのである。

これと響きあうのが、ちょうど昨日まで延々と続いて、
うんざりしてやっと抜け出した、某SNSでの地域医療貢献加算の議論だった。
そこでは、多くの勤務医が(ここがワケがわかんないのだが)
「開業医いじめだ」「こんな安い診療報酬で医師を殺そうというのか」
「誰もやんないよ、こんなの」「意味がない政策」という罵詈雑言を
この政策に対して浴びせていた。
それがあまりにも近視眼的で滑稽なので、いささか楽しんでしまったのだが
こういう傾向は必ずしも医師に限ったものでもなさそうだ。

彼らは「時間外もかかりつけ患者のケアを心がけろ」という
この加算の意義については、しぶしぶながらも認めていたが、
それが医師の過剰な負担を要求し、しかも報酬が正当ではない、
という点に論点をすり替えて、加算そのものを攻撃していた。
けれど私の見るところでは、この設定の主旨は、むしろ
医師にいかにこの業務に関わらせないようにするか
というところにあると思われる。
これは、今のところ誰も指摘していない。
つまり、ここで想定されていることは、
医療をもっと多様な人材に担わせようということであり、
しかも、医療という業務の内容を広げることでもあり、
さらには、それについて患者にもある程度の負担を
負わせるということであって、患者自身にも医療の一端を
担わせようということなのである。
そういう意味で構造的な改革が進みつつある、と
私は睨んでいるけれど、たぶん多くの医師にとって
まだ、それは受け入れ難いものなのだろう。
まずは、ワーカホリックに罹っている患者に参画してもらって、
ヒマという新薬の治験から始めてみるというのはどうだろうか。

ERテレフォンクリニックウェブサイト: http://homepage2.nifty.com/er-telclinic

|

« 「地域医療貢献加算」で侃々諤々 | トップページ | 『ORGAN』 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/159267/48043354

この記事へのトラックバック一覧です: 参加と参画:

« 「地域医療貢献加算」で侃々諤々 | トップページ | 『ORGAN』 »