« エイフマンの『アンナ・カレーニナ』 | トップページ | 参加と参画 »

2010年4月 1日 (木)

「地域医療貢献加算」で侃々諤々

「地域医療貢献加算」の話題で小児科医の某MLが賑わっている。
曰く、診療報酬の減額が気に入らない、
曰く、今だって夜間休日診療に出務している、
曰く、急病電話相談事業にもかり出されている
なのに、なんでそういうことを考慮しないのか、ということらしい。

私自身は、この「地域医療貢献加算」というのは単純に
開業医の「かかりつけ患者をサポートする」姿勢を応援するもの
と捉えているので、開業医の側からの
「これ以上働かせて、医者を殺す気か」という感情的反発には?である。
別に医師に24時間働けって言ってるわけじゃないしー。
むしろ診療報酬のあり方が、患者本位に変わろうという兆し
なのではないか、と考えている。

『外来小児科』という学会誌に論文が載ったときに
某全国紙の記者さんから勧められて投稿した短文を再掲してみる。
元になった論文のURL(googleドキュメント掲載)もついでに。

○小児救急電話相談に利用者が求めること
http://docs.google.com/leaf?id=0BwH-kjjIMgqgOGYyNDI1OGEtODQwNy00NTgwLTliNzktM2RkZGRiODRhNGQ5&hl=en

○保護者は何故不要な救急受診をするのか
http://docs.google.com/leaf?id=0BwH-kjjIMgqgY2ZmYWQ4NDEtYThiMS00OWJhLWFiMmQtNjkyNmQyMmU0ZDJk&hl=en

「小児救急医療において、夜間や休日に適切な
救急医療を提供するためには、体制の整備と同時に、
適切な受診行動がとれる保護者を育てることも急務だろう。
コンビニ受診や不要不急な受診などが、
小児救急医療の妨げになっている、という論調も見かけるが、
そうした受診行動が、どこからもたらされてきたか、
という分析も必要ではないだろうか。

小児科開業医の時間外電話相談では、こどもの病気に対する
保護者の対処のしかたに2つのタイプがあることを把握している。
ひとつはこどもに異変があると、すぐ「受診しよう」とするタイプ、
もうひとつは、まず「相談しよう」とするタイプである。

「発熱」という、もっともポピュラーな症状の対処のしかたについて、
この2つのタイプを比較分析すると興味深いことが分かる。
「受診しよう」というタイプは、熱の高さやこどもの様子(元気や機嫌など)
などに関係なく「即受診」と判断しており、
その理由は「早く受診すれば早く治るから」である。
彼らにとって熱はコントロール可能な症状であり、不安が強いからというより、
発熱という問題を最速で解決するために「受診」を選択する。
「受診」は条件反射的でありほとんど習慣化している。

一方、後者の「相談しよう」とするタイプは、
かなりの高熱でもただちに受診はしない。
電話からは「相談」することで不安を乗り越えよう
とする様子がひしひしと伝わってくる。
不安とは予測不可能性に耐えようとする力であり、
「相談」することは不安を分かち合うことでもある。

「早く受診すれば早く治る」と考えるタイプは
必ずしも夜間や休日に特異的なわけではなく、
昼間の受診者の多くがこのタイプである。
つまり、夜間や休日の受診行動は昼間の延長線上にあるにすぎない。
したがって夜間や休日に適切な受診行動を期待するのであれば、
まず昼間の受診のしかたから変えていく必要がある、というのが、
受診者の日常的な行動から観察される結論でもある。

「早く受診すれば早く治る」という思い込みは
「自分で対処しなくてもお医者さんにかかればよい」
という依存性と表裏一体でもある。
こうした依存性は、病気の種類や治療法の変化、
国民皆保険によるフリーアクセスや医療費の無料化など、
さまざまな要因が絡まって形成されてきたのだろうが、
制度の恩恵をうまく利用しつつ、適切な行動がとれる保護者を育てるためには、
当然のことながら、こうした依存性にも目を向ける必要がある。

熱をコントロール可能と考える根底に見え隠れする
「お医者さまは神様です」という思い込みは、医療者にとって
耳に心地よいかもしれないが、同時にリスクにもなり得る。
しかし、そう認識している医療者は案外少ないのではないだろうか。
医療の不確実性や予測不可能性について、
診療場面で、あるいはメディアを通じて、当事者である医療者自身が
もっと積極的に発信していかないと、自らの首を絞めることにならないかと懸念する。

さらには、量ではなく質が評価できる診療制度も必要であろう。
受診数や処置数の積算によって経営が成り立つような診療報酬制度であるかぎり、
不要不急な受診は減らないし小児科医の疲弊も続く。
不採算事業としての小児科の撤退も止まらないだろう。
保護者と医療者双方が、診療を通して望ましい医療とはどのようなものかを
理解できるような制度を実現させたいものである」

ERテレフォンクリニックウェブサイト: http://homepage2.nifty.com/er-telclinic

|

« エイフマンの『アンナ・カレーニナ』 | トップページ | 参加と参画 »

コメント

>熱をコントロール可能と考える根底に
>見え隠れする「お医者さまは神様です」
>という思い込み

そうでしょうか?
単に「その役割のヒト」くらいの思い込みではないか、
と臨床現場では思っています
フリーズしたPCを元のように動かす役割のヒト、とか
頼んだピザをちゃんと持ってくるヒト、のような
料金払うんだから、期待通りに結果を出せ、という相手

発熱もブラックボックスだけど、
PCが何でフリーズしているかもブラックボックスで、
ピザがどうやってあの値段で作られているかもブラックボックス、だけど、
関心があるのは「結果」だけ

不確実性、は実はどの産業にもあるのだけど
サービス過剰社会になって、
どこもこの不確実性は排除する方向にむいている
PCの不具合(バグの発生)もそうだし、
ピザだって注文の集中や交通状況で配達時間は本来不確実性
を持っているはずだけど、
それを排除したサービスを期待されている
医療だけ、それを理解してもらうのは難しいかと、日々思います

投稿: 信州人 | 2010年4月 1日 (木) 09時44分

信州人さま

こんにちは。
コメントありがとうございます^^
「先生は我が家にとっての神様」という
言葉は「相談する」タイプからも
よく聞かれますよ。これは本心だと思います。
何かあったら先生に助けてもらえるは、先生は
必ず助けてくれる、に素直に繋がっています。
この期待値はPCやピザの比じゃありません。逆に言えば、だから怖いと思います。
人の命はPCやピザの配達とは違うってことを
説得力を持って言えるのは、当事者だけだと
思いますけど・・・。

投稿: pinoko | 2010年4月 1日 (木) 10時59分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/159267/47964200

この記事へのトラックバック一覧です: 「地域医療貢献加算」で侃々諤々:

« エイフマンの『アンナ・カレーニナ』 | トップページ | 参加と参画 »