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2010年5月 5日 (水)

ハッピーエンド

友人たちと映画の話でネットが盛り上がっている。
ともだちのともだちの 輪 という関係だから、
とりたてて、すごく親しいというわけではないが
ネットの書き込みは、書きようによっては
まったく隣同士で話しているみたいに
距離がなくなってしまうのが不思議だ。

そこで、映画ではどういう結末をハッピーエンドというか、
という話題になった。

最近はハッピーエンドじゃないとヒットしないらしいという
通産省のデータ収集担当(こういう仕事をしている人がいるのね)
の話を紹介して、キャメロン・ディアス主演の
『わたしの中のあなた』も、それに入るんじゃ?と書いたら
あれをハッピーエンドというのか?
オレは今まで何を観て来たんだろ、とびっくりしてみせた友人がいた。

この映画は臓器移植がテーマになっていて、
しかも望まれる遺伝子を持ったこどもを選択的に生む
という意味ではデザイナーベイビーっぽい要素もある。
ネタばれになるので、あまり詳しくは書けないが
家族の中にドナーとレシピエントがおり、しかもドナー本人が
ドナーになることを拒否して裁判を起こすなど、
家族の団結と崩壊が隣り合わせになっている。
話としては重すぎるくらいに重いのだが、
最終的には悲しいけど納得できる結末で終わっている。

これを紹介した友人は、
ぎりぎりの所で安っぽくならないように踏ん張った、
なかなかいい映画という風に言っていて、私も同意見だったが
これをハッピーエンドというかどうかで、意見が分かれたのだ。

昔はハッピーエンドというと、ヒロインは結婚したし、
ヒーローは死ななかったし、みんなシアワセになりました、
メデタシ、メデタシというのが定番だったが、そういうのは最近は少ない。
多かれ少なかれ、どこかに痛みが残るが、
それでも総合的に考えたら、これでよかった、
という終わり方が多くなっている感じがする。
ハッピーエンドかどうかは「納得できる終わり方かどうか」
ということだ、という友人がいたが、
すべて丸く収まる、というのはあまり現実的じゃない
という実感を、映画も共有するようになってきたということなのだろう。

『わたしの・・・』がハッピーエンドか?と言った友人は、
『グラン・トリノ』だってハッピーエンドだしー、と私が言ったら
う~んとうなった(ように思う)後、
『ノーカントリー』はどうだ?と聞いてきた。

『グラン・トリノ』は、再生に向かって行こうという意志を感じる
という意味で、立派にハッピーエンドだと思うが、
『ノーカントリー』は、そこのところはややあいまいである。
けれどもあの、まるで通常の論理が通用しないという点で
メチャクチャ恐ろしい主人公シガーが、最後に無垢なこどもの
慈悲にも似た何かに触れて、内面の変化を感じさせるところは
どんな酷薄な現実にも、未来に向かって開かれた何かはある
と言っているようでもある。
だから、これも立派なハッピーエンドだと、私は思うのだ。

ERテレフォンクリニックウェブサイト: http://homepage2.nifty.com/er-telclinic

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