« 2010年5月 | トップページ | 2010年7月 »

2010年6月24日 (木)

6月は忙しい

ワールドカップは、もうすぐトーナメント進出が出揃う。
日本は明日早朝のデンマーク戦に引き分け以上で進出が決まる。
今年のワールドカップは、時差が7時間の南アフリカ開催だから
どの試合も夜始まる、というのは嬉しいが、
さすがに午前3時半開始というのは、どんなに面白そうでも起きられない。
日本戦はどうだろうか。
寝ないで頑張るか、頑張って起きるか、難しいところである。

ワールドカップの合間に毎年恒例の保存食づくり。
今年のらっきょうは、バレエの仲間にもらった赤梅酢入りの酢漬けにする。
ひげ根をつけたまま浸けるとしゃっきりした歯ざわりになる
という人もいるが、なんとなく気がそそられないので
ぎりぎりのところで根を落として浸ける。
もう面倒くさいので、塩漬けとかそういう下処理は省略。
甘酢を作って、いきなり浸ける。でもこれで充分美味である。
マンションには冷暗所というのがないので、
北側の涼しげな息子の部屋に黙って置かせてもらう。

ある朝は、起きたら台所に梅の大袋が置いてある。
例によって近所の梅林に落ちていた梅を
夫が夜中に拾ってきたらしい。
熟して落ちた梅だから、色はほとんど黄色くなっていて香りが強い。
部屋中が梅の香りで一杯で、酔っ払いそうである。

とりあえずバレエの仲間に、いくらかおすそ分けし、
梅干は年代物が残っているので、今年は止めて
まず梅ジャムに挑戦することにする。
http://www.minabe.net/umelife/jam/recipe.html
50度くらいの湯で2回ほどゆでこぼし、
種と皮を除いて、裏ごしにする。
裏ごし重量の80%の白砂糖を何回かに分けて
加えながら、とろとろ煮る。
全体で30分くらいでできあがる。
酸味と上品な甘味の超美味な梅ジャムができたので、娘に送る。
これは毎年の定番になりそうである。
我が家は普段料理には三温糖を使っているが、
上品な甘味が欲しい時は白砂糖を使うのがコツだろう。
色も美しく仕上がるし。

夫は「大吟醸を入れた梅酒がうまいらしい」と言うが、
大吟醸を入れるなんて、もったいなくて気が進まないので
あくまで普通のにすることにする。
毎年作ってもなかなか飲みきれず、
いつ作ったのか忘れてしまった梅酒も残っている。
でも年代物は、それはそれで熟女の香りがしていいものである。

今年はそのほかに梅味噌を作る。これも初めてである。
少し傷みがあるのを選んで、味噌と梅と砂糖を
交互に重ねて入れていく。簡単。
これはこってりした甘味が欲しいので三温糖を使う。

それでもまだ残っているので
残りは甘酢漬けにすることにする。
去年はピクルスに挑戦したが、
いまいち我が家では人気がなかった。
男どもは、一体に酸味に弱いみたいだ。
レシピには、塩で下漬けした梅の種を除き、
薄切りにして少し干し、甘酢に浸けると書いてある。

それにしてもネットは便利だ。
写真つきのレシピがタダで簡単に手に入る。
気に入ったレシピが見つかるまで試行錯誤すればいいし
気に入ったのはURLを保存しておけばよい。
所有という概念も変わりつつある。

ERテレフォンクリニックウェブサイト: http://homepage2.nifty.com/er-telclinic


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年6月19日 (土)

弱いものたちの連帯

ギンレイで『フローズン・リバー』を観る。

家を買うために貯めていた金を持って夫に逃げられた白人の母親レイと、
義母にこどもを連れ去られた先住民の母親ライラとが、
それぞれの生活を取り戻すために違法なビジネスに手を染める。
凍りついた川は、違法な非日常と貧しい日常は
地続きだと言っているようでもある。
その地続きのふたつの世界を行ったり来たりする時間に
亀裂が入るのは、ある密入国者を運んだ時である。
爆弾だと思って川を渡る途中で捨ててしまった荷物が
実は赤ん坊だったと知って、二人は慌てて引き返す。

レイは、夫と喧嘩して拳銃をぶっ放すような
瞬間反応タイプの、決して考え深いとはいえない女性である。
一方のライラは、違法なビジネスのおかげでカネは貯まっていくのに、
そのカネを数えるためのメガネを買おうともせず
連れて行かれたこどもへのために、突っ返されるのを承知で
貯めたカネを義母の家の玄関に置く、ということを繰り返している。

ところが捨てた赤ん坊が、まったく幸運にも息を吹き返したことで、
いわば腐れ縁とでもいうような絆に結ばれた
二人の中のそれぞれに、何か変化が起こる。
絶望の中に一筋の光を見てしまった、といえばいいだろうか。
ライラは、メガネを買い、まともな仕事につく。
レイは、新しい家を買うメドがつく。もう少しカネがあれば。
そのレイの求めに、ライラはしぶしぶ応じて最後の仕事に手を染める。
そして筋書き通り失敗するのだが、
その決着のつけ方が、この映画の価値を決めている。
合理的といえば言えないこともないが、それだけではない何かがある。
でも、それが何かということを、まだうまく言語化できないでいる。
winwinでもなく、みんなが少しずつ損をするという決着のしかたでもない。
でもハッピーエンドである。
生き延びるために、どれだけ必死になるかが、
その後のシアワセを決める、というような括りもできるが
それもちょっと違うかもしれない。
法律や人種などといった人為的な垣根の無意味さ、への共感もある。

それは、映画を見る前にあっという間に読み終わった
『風待ちのひと』の読後感と似ているかもしれない。
主人公の喜美子は悲しみを抱えて、でも表向きは明るく生きている。
その悲しみの部分が須賀との絆になる。
こちらも結末はハッピーエンドだが、
悲しみでお互いがつながっているところに、絆の強さを感じさせる。
弱いもの(フラジャイル)同士の連帯の強さに胸を打たれるのは
もともと私たちが弱い存在だということを
自分たちもよく分かっているからだろう。

ERテレフォンクリニックウェブサイト: http://homepage2.nifty.com/er-telclinic

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2010年6月10日 (木)

5月のトンネルを抜ける

5月はなんだかだらだらした1ヶ月だった。
やらなくてはならないことは、しっかりあるのに
どうしても気持ちが向いていかない。
なぜかは、何となく自分では分かっている。
結果を出すための適切な方法が見つからないのだ。
なので、とりあえず『5月の祭典』にむけての練習だけは
まじめにこなして、あとはその気がやってくるのをひたすら待つ。
ああ、こういうのを5月病というのかもしれないなあとため息。

それでもワールドカップの開幕に向けて
参加12ヶ国のビールセットを購入し、
http://store.shopping.yahoo.co.jp/bbuehata/b-0775.html?snl=00000000312700039

『5月の祭典』が終わった骨休めと称して
熊田梨恵さんの
「救児の人々~医療にどこまで求めますか」を読み
(この本は5/25発売だけれど、6/19までは
http://lohasmedical.jp/books/ で無料で読める)
その関連で
『命は誰のものか』香川知晶著 を読み、
今やっている小児科開業医の時間外電話相談も含めて、
すべての問題がつながっていることが見えてくる。
この問題は医療系SNSで議論する格好のテーマになるはずである。
これから、どういう議論が巻き起こるか、とても楽しみ。

そんな状態が6月に入って、やっと少し改善してきた。
ひとつは、会合の日程が迫ってきたので
なんとかしなくてはならなくなってきたからである。
これじゃダメだなあと思いながら、とりあえず手をつけて
やってみているうちに、ようやく少しずつ方法が見えてくる。
できるだけ当方の労力が少なくて、かつ先方にも
メリットのある結果を出すための方策が少し見えてきて、
気分が少し上向いてくる。

その勢いで、ほとんど発作的に、市村正親目当てで
帝国劇場で上演している『キャンディード』を見に行く。
帝国劇場はその昔、「今日は三越、明日は帝劇」
と言われた有閑マダムたちの社交の場だった(らしい)が
今では、ほかの劇場に比べると遥かに庶民的である。
市村正親もうまいが、井上芳雄、新妻聖子に仰天する。
やっぱりメディアを通してではなく、自分で生の経験を
することが大事だと痛感。
ただ3時間(休憩入れて3時間半)はいかにも長い。
このあたりも、とっても庶民的なつくりだ。

そうこうしているうちに、ディペックスの仲間から
彼女が勤めている大学のゼミでの講義依頼が来る。
社会調査を専門としている学生たちに、
小児科の電話相談に入ってくる保護者の実態を、
教えてやって欲しいというのである。
電話相談という調査手法を、うまくプレゼンできるだろうか。

だらだらした5月とは打って変わった6月になりつつある。

ERテレフォンクリニックウェブサイト: http://homepage2.nifty.com/er-telclinic

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2010年5月 | トップページ | 2010年7月 »