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2010年9月17日 (金)

専門職は案外自律が難しい?

インフルエンザワクチンの接種予約が始まった。
今年のワクチンは季節性と新型の両方が含まれているとかで
かかりつけ患者からの問い合わせがひっきりなしに入る。
予約開始日の前日に、やってみたら予約が取れてしまったが大丈夫か、
という笑い話のような問い合わせもあった。
みなさ~ん、予約開始日前日が穴場かもしれないです。

このところ、ディペックスのインタビュー映像のチェックと、
小児救急電話相談(#8000)研究会の、
相談録音のチェックの仕事にかかりきりになっている。
インタビュー映像のチェックは、インタビューのしかたをチェックし
患者の語りを引き出す、よりよいインタビューのあり方を見出すためのものである。
インタビューの手法は、一応先達であるイギリスから学んでいるのだが、
学び方の難しさというものが垣間見えて面白い。
形として教えられたことを、どう自分のものにするか、
というところに学ぶ側の個性が現れるのだが
インタビュー映像を見ると、その理解のレベルは人によって異なる。
相手と相対しながらインタビューをおこなっているのだから、
相手の反応によっては、もうちょっと自分なりに考えてやり方を変えるとか、
自分が感じた違和感を、早いうちに仲間にフィードバックして
全体の改善につなげたらどうなのかと思うが、そういう形跡はなく、
おそらく言われたとおりのやり方を通して、ここまできてしまったのだろう。

#8000の相談の録音にも同様の問題が見られる。
#8000の場合は、電話相談の研修などはなく、
いきなり相談を任されているという点で、レベルが低いのはしかたがないが
「いつもやってるようにやればいいんだよ」と医師に言われて
それにみじんも疑問を持たず、医師に受け方のルールを定められると、
相談の内容がどうであれ、そこから外れることができない。
ルールを決めたのが医師で、そのルールは医学的な内容に関わっているから
相談員である看護師も、それを正しいと考えるのだろうが、
実際に言葉を交わしている相手との間で、それが成り立つかどうかを
判断するのは、相談員にしかできないはずである。
ところが、しばしば相手よりルールの方が優先されてしまう。
これを電話相談に対する理解不足、で片付けるのは簡単だが、
そこには、もう少し深刻な問題があるような気がする。

それは看護師の自律ということである。

インタビュー映像でも、相談録音でも、
看護師が担当しているケースでは、相手に関わらず、
やり方やルールが先行してしまうのはなぜか。
ひとつには、彼女たちは真面目なので、方法やルールを学ぶと
一生懸命それを実施しようとしてしまう、ということがあるのだろう。
医療の現場では、患者に合った方法を考えるより
正しい方法に患者を合わせる方が大事だと教えられていて
そういう習慣から抜け出せない、ということかもしれない。

もうひとつ考えられるのは、どうも彼女たちは一般人より
専門職である自分たちの方が偉いと思っているらしいことである。
ここには彼女たちに特有の、一般人→看護師→医師
という階層構造意識が透けて見える。
医師だから正しいとは限らないのに、
医師に言われたことを、そのまま鵜呑みにして疑わず、
自分の力量を客観的に見ることができないという態度は、
電話の中では、自分が知らないということに気づかない
(自分が正しいと信じて疑わない)という形になって現れる。

どちらも、個人としての判断がない、という点が共通している。
医療の現場でもインタビューの現場でも、電話の中でも、
ルールや方法はどうあれ、個人としての判断ができなければ、
それは自律していないのと同然である。
おそらく多くの看護師は、常に医師の下部構造として固定されて
アイデンティティも失いかけているのではないだろうか。
そういう人たちが電話相談に携わるのは、
かけ手にとっては本当は好ましくはない。
でも実は電話相談は、そういう人が自律を学ぶための
最良の機会にもなり得るのだ。
お互いが見えない中で、何者でもない存在として
相手のために力を尽くす。
電話相談に携わる看護師には、ぜひそこを学んで欲しい。
それができるようになった看護師を、医療現場に戻すことができれば
医療現場は自律した看護師が確保できて、随分よくなるはずである。
看護師が小児救急電話相談をおこなう意味は、
実はそこにあるのだ、と私は考えている。

ERテレフォンクリニックウェブサイト: http://homepage2.nifty.com/er-telclinic


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コメント

電話での相談を受ける・・・・ということの意味がわかっていない、のが第一なような気がします。
(これは対面でも一緒なんですけれど、顔が見えない電話だと一層大切な部分ですが)

相手が語りたいことは相手の資質の中から語られる「限定された」ことでしかない、ということ。
語られないこと、に、実は重要な情報があるかもしれないということ。
それを、探り出す必要が在る、ということ。

まずは、
相手を落ち着かせ、客観的に自分がおかれた状態を把握できるようにもって行く、がまず電話で相談を受ける方の第一の資質だと思います。

相談者が訴えたいことと、相談者の目の前で起きていること、は違うと。
目の前で起きていることをいかに探り出すか、なのだと。

投稿: ママサン | 2010年9月18日 (土) 07時12分

>電話での相談を受ける・・・・ということの意味がわかっていない、のが第一なような気がします。

まさに、おっしゃるとおりです。
彼女たちの多くが、相談とは
言葉のやりとりだと思っているんですよね。
目に見えるもののやりとり、と言っても
いいかもしれません。
ほんとは言葉に込められた気持ち、
つまり目に見えないもののやりとり
なんですけど。

これ、コミュニケーションの本質ですね。

投稿: pinoko | 2010年9月18日 (土) 07時41分

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