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2010年12月30日 (木)

今年もそろそろ終わりです

1週間かけて厚労科研の小児救急電話相談研究会の原稿手直しを終了。
今年は年度始めに「電話相談の評価基準を決めましょう」
と提案し受理してもらったので、2カ所の相談録音を入手し、
分担研究班で実際に聞いてもらって
まずは電話相談についての基本的な理解を修正してもらった。
その後、100件近い相談録音を聞き、相談員が自己チェックできる項目を作成した。

研究会では私が参加する前から「電話相談マニュアル」なるものが作成されつつあり
誰もそれについて疑問を持っていなかった。
誰もが(主に医師だけど)電話相談の経験がなく、
それなのに(ここがすごいところだが)自分は電話相談を知っている
と思い込んでおり(マニュアル作成を申し出た先生さえも)
その前提で前へ進もうとするので話はどんどんこんがらがり、
しかもこんがらがっていることさえ気づいていない、
という喜劇的な状況が進行していた。
一昨年初めて参加した際は、理解のし方にかる~く疑義を唱えるだけに留めたが
誰も実態を知らないで「研究」と称するものをやるっていうのもどうかなあ、と思い
まずは現場の状況を把握しましょう、という提案までこぎつけた、というわけだ。
その結果は報告書が出たらお楽しみ、という状況だが
オマエの報告を「マニュアル」にも載せたいから、それ用に書き換えて
というご要望に応じて仕事をしたのである。
研究結果を「マニュアル」に載せるっていうのは変でしょ、と異議を唱え
分担班で議論して「マニュアル」ではなく「小児救急電話相談テキスト」と
改名しようということになったので、一応納得した上での仕事にはなった。

この#8000の研究会では、相談録音を聴いてやりとりを評価し
ディペックスの研究では、インタビュー録画を見てやりとりを評価する
というように、このところの仕事はコミュニケーション評価という点で共通している。
ここからどちらの方向へ行くか、自分の中で思い描くものはあるが
まだ道筋は見えていない。
とりあえず「テキスト」出版だけが決まっている。

週明けに送稿できたので、大掃除の前に年末の準備。
図書館に予約本を借りにいくついでにTUTAYAへ向かう。
去年の大晦日は『ノーカントリー』で大当たりだったので
味をしめて、この大晦日もDVDで映画を楽しむことにしたのだ。
もちろん仕事をしながら、だ。

1本は、『トレイター』-大国の敵-で、週刊文春で紹介されていたもの。
『トレイター』は日本未公開だそうだが、
ドン・チードルが出ているので見ないわけにはいかない。
立花隆さんと静岡がんセンター総長の山口建さんの対談が面白いから
と聞いて、ひさびさに買った週刊文春だったが、
池上彰さんとマイケル・サンデル氏の対談は、その上をいく面白さだった。
最近は週刊誌を買うことはまったくといっていいほどないが、
年末年始号はお買い得と言ってもいいのかもしれない。

もう1本くらいないとなあ、と同じ準新作の棚を眺めていたら
『アイガー北壁』というのが目に飛び込んできた。
これはたしか、今年一緒に遊んだ日比谷高校OBご推薦だったヤツだ。
「たぶん、そのうちギンレイにかかるよ」と言っていたが
このタイミングで出会えるとはいい年末になりそう、ということでこちらも。

日比谷高校OBの連中は、中学の同級生の友人たちだが
彼の定年退職で年4回の音楽会通いはなくなってしまった代わりに
サッカー生観戦、街歩きなどで、彼らと新たな遊びを
開拓できたのは今年の収穫だった。
ワールドカップで盛り上がり、そこからFC東京の生観戦へとつながり
ついにはそこで旧友と再会して、VIP席での観戦まで果たしてしまった。
あいにくFC東京はJ2降格となり、旧友は社長を退任することになったが
十数年ぶりに元気な顔を見られたのは何よりだった。
私にとっては彼が社長であろうと何であろうとあんまり関係がない。
彼もまた、きっと新たな活躍の場を手に入れることだろう。
自分の思いさえ見間違えなければ、どこにでも居場所というのはあるものだ。

日比谷のOBたちとは、サッカーを手始めに
12月には赤坂から西麻布というルートで路上観察ウオーキングをやった。
散歩やただのウオーキングは独りでもできるが、街歩きは仲間とやるにかぎる。
このときはリーダーが地図を持って歩いたが、
今後はなんとか歩いたルートを確認、記録したいと思っていたら
あるメーリングリストでGPSロガーというアプリが紹介されていた。
さっそく無料のアプリをiphoneにダウンロードして使ってみる。
「こんな所へ行きました」と、みんなに知らせたいと思う人が
こんなにたくさんいるというのも驚きだが、
これで次回の街歩きはばっちりである。

年末の大掃除とは、新しい出会いに応じて古いものを捨てていくのが
人生の妙味だと教えるためのものなのかもしれない、
と考えてみたりしている。

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2010年12月14日 (火)

漏洩

日曜日は同年代の仲間11人で
「ブラウォーククラブ東京(略してBC東京)」と称した街歩きに挑戦。
FC東京のサポーターになった記念に、次の企画のために命名したのだが
本家のチームの方は来期J2に降格することになってしまって
ちょっと残念ではある。

正午に赤坂の日枝神社を待ち合わせスタート地点とし、
まずは主要メンバーの卒業高である日比谷高校に侵入。
裏門から入り、エイリアンでも見るような在校生の目を尻目に
構内を横切って、ちこく坂と呼ばれる坂の上の正門から出る。
その後は赤坂の裏通りの坂の多さを実体験し、
乃木神社へ立ち寄ったあとは、乃木坂を上って六本木のミッドタウンへ。
その外周を回るようにして新国立美術館からヒルズへたどり着く。
そこから麻布十番へというルートで、さすがに少し足が疲れてくる。
でも、最終地として予約した西麻布のポルトガル料理店
『ヴィラ・マダレナ』が開くまで、まだ1時間くらいあるのだ。
見慣れた麻布高校(人間学アカデミーは、以前はここでおこなわれていた)の
前を通り抜け、中国大使館の前を通る頃は、辺りはすでに暗い。
ようやく西麻布の交差点に着いたので、
せっかくだから海老蔵事件で騒がれた例のビルも見に行く。
6階も11階も看板が出ていない、というところに
何やら胡散臭い事件の背景を感じる。
お忍び、とはこういうことを言うのだと実感。

開店10分前くらいだったが、店に入れてもらいやっと一息ついた。
休憩を1回含むとはいえ、8キロというのは結構な距離である。
大島駅伝での10キロウォーキングより疲れた感じがするのは
歩くことだけに専念しているわけではなく、
あちこちを見ながらペースを合わせてゆっくり歩いているからだろう。
でも、足で見る街は、なかなか面白かった。
ドッグホテルでは初めて見る犬種に出会い、
トラックが突っ込んだので、しばらく休業というレストランの
ベニヤの塀に、事故の大きさを感じ、
「紫芳庵」という料亭風の門構えの家に驚嘆し
楷書の元はカイという樹だと知ったりと、
ふだんは目に留めないような物にたくさん出合った。
こんな歩き方は決して一人ではできないし、
いろいろなメンバーがいてこそ、さまざまな感性が働いて
それが刺激し合って、また新しい感性が生まれる。

ウイキリークスが機密情報を漏洩する背景には
もちろん民主主義の高まりがあるのだろうが
こういう新しい感性への渇望というのも、
きっとあるに違いないし、表も裏も無化してしまいたい、
という透明化への志向というのもあるのだろう。

たとえばひところ騒がれた電車の中での化粧。
あれが物議をかもしたのは、本来隠れてするべきことが
人前でなされることへの抵抗だったのだろうと思う。
しかし化粧は今やこっそりするものではなく、
本を読んだりメールを打ったりするのと変わらなくなっている。
先日電車に乗り込んできたカップルの女性は、
相手の男の子に支えてもらいながらアイシャドウを塗り、
睫毛のカールに余念がなかった。
どうやら相手の男の子は、可愛くなった化粧の結果より
可愛くなる化粧のプロセスも含めて楽しんでいるようなのである。

化粧は表をつくる裏ワザなのではなく、
今や表と裏をつなぐ裏道みたいなもので
それをわれわれは街歩きと称して体験したと思えば
世代間格差も何もないということである。

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2010年12月 7日 (火)

『暴力装置』の活用法

人間学アカデミーで櫻田淳さんの「安全保障の現在と展望」という話を聴く。
櫻田さんの講義を聴くのは今回が2回目。
重度身体障害者の櫻田さんの話は、決して聴きやすくはないが
話の組み立てや論理は分かりやすく、こちらが一生懸命に
聴こうとすることもあってか、最終的には納得してしまうことが多い。

人が他人を動かすための方法は
暴力
利益誘導
言葉による説得
の3つしかなく、これは国家関係も男女関係も一緒である。

男女間で暴力で相手を動かすことが問題であるように
国家間でも暴力による問題解決は、その有効性が再検討され始めており
「暴力装置」としての「兵(軍隊)」をどのように使うかが問題になりつつある。

仙石さんが自衛隊を「暴力装置」と言って物議をかもしたが、
櫻田さん曰く「こんな当たり前のことを言って、どうして問題になるのか不思議」。
ふと、日本では自衛隊を「兵」とか「軍隊」と考えていはいけない
という心理的縛りが大きくて、それで「暴力装置」という言葉だけが
禁忌として浮かび上がってしまったのではないか、という思いが頭をよぎる。
まずここから始める必要があるのかもしれない。

「兵」の意義は他の人々の「意図」に働きかけ
自らに対する攻撃を抑止することにあり、
その本質は、政治手段としての「物理的な暴力による恫喝」
なのだと櫻田さんの説明は明解である。

昨今の軍事のやり方は
猛獣の心臓に弾を撃ち込めば済むようなものではなく
蜂の大群を退治しなければならない状況になっており
軍事による抑止力には疑問符がつき始めている。
軍事でカタをつけるのはコストが高すぎるのである。
「兵」がコスト高で、その抑止力が疑問視される時代とあれば、
当然のことながら言葉による説得、つまり外交で
相手の「意図」を阻喪できるようにならなければならない。
しかも「脅威」の種類は多様化している。
復興支援や、社会不安の払拭にも関わらなければならない。
国防という考え方だけでなく、安全保障という観点から
「兵」の存在意義を考えていく必要があるのだ。

昔、会社の後輩がなぜ政治学を学ぼうと思ったか、を説明して
「母親が自分を置いて仕事に行ってしまったときの気持ちがきっかけ」
と言っていたことを思い出した。
櫻田さんは学生時代にいじめに会ったとき、
いじめられない対策として、3人の友人を確保し効果を上げたそうである。
ひとりはクラスで一番頭がいいヤツ(ただし『政治経済』を除く)
もうひとりは生徒会の役員
3人目は柔道部の部員で一番腕っ節が強いヤツ

2番目と3番目は確保できているとして、
1番目をどうするかというのが日本の課題なのかもしれない。

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