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2010年12月 7日 (火)

『暴力装置』の活用法

人間学アカデミーで櫻田淳さんの「安全保障の現在と展望」という話を聴く。
櫻田さんの講義を聴くのは今回が2回目。
重度身体障害者の櫻田さんの話は、決して聴きやすくはないが
話の組み立てや論理は分かりやすく、こちらが一生懸命に
聴こうとすることもあってか、最終的には納得してしまうことが多い。

人が他人を動かすための方法は
暴力
利益誘導
言葉による説得
の3つしかなく、これは国家関係も男女関係も一緒である。

男女間で暴力で相手を動かすことが問題であるように
国家間でも暴力による問題解決は、その有効性が再検討され始めており
「暴力装置」としての「兵(軍隊)」をどのように使うかが問題になりつつある。

仙石さんが自衛隊を「暴力装置」と言って物議をかもしたが、
櫻田さん曰く「こんな当たり前のことを言って、どうして問題になるのか不思議」。
ふと、日本では自衛隊を「兵」とか「軍隊」と考えていはいけない
という心理的縛りが大きくて、それで「暴力装置」という言葉だけが
禁忌として浮かび上がってしまったのではないか、という思いが頭をよぎる。
まずここから始める必要があるのかもしれない。

「兵」の意義は他の人々の「意図」に働きかけ
自らに対する攻撃を抑止することにあり、
その本質は、政治手段としての「物理的な暴力による恫喝」
なのだと櫻田さんの説明は明解である。

昨今の軍事のやり方は
猛獣の心臓に弾を撃ち込めば済むようなものではなく
蜂の大群を退治しなければならない状況になっており
軍事による抑止力には疑問符がつき始めている。
軍事でカタをつけるのはコストが高すぎるのである。
「兵」がコスト高で、その抑止力が疑問視される時代とあれば、
当然のことながら言葉による説得、つまり外交で
相手の「意図」を阻喪できるようにならなければならない。
しかも「脅威」の種類は多様化している。
復興支援や、社会不安の払拭にも関わらなければならない。
国防という考え方だけでなく、安全保障という観点から
「兵」の存在意義を考えていく必要があるのだ。

昔、会社の後輩がなぜ政治学を学ぼうと思ったか、を説明して
「母親が自分を置いて仕事に行ってしまったときの気持ちがきっかけ」
と言っていたことを思い出した。
櫻田さんは学生時代にいじめに会ったとき、
いじめられない対策として、3人の友人を確保し効果を上げたそうである。
ひとりはクラスで一番頭がいいヤツ(ただし『政治経済』を除く)
もうひとりは生徒会の役員
3人目は柔道部の部員で一番腕っ節が強いヤツ

2番目と3番目は確保できているとして、
1番目をどうするかというのが日本の課題なのかもしれない。

ERテレフォンクリニックウェブサイト: http://homepage2.nifty.com/er-telclinic


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