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2011年6月20日 (月)

アウェーゲーム

今年のディペックスの総会は神楽坂の理科大の大会議室で。
通常総会に続いて、東大死生学応用倫理センターの山崎浩司さんによる
『青森県がん体験談データベース構築プロジェクトの概要と課題』について。
青森のように、地域によって医療機関の充実にばらつきがある地域では
がんで入院すること自体が「死ぬ」ことと同義と捉えられており、
そのことががん検診を受けることや受診の妨げになっている、
という話が興味深い。
がん医療・ケアは、こうした県民の認識や行動を理解しながら
おこなわれる必要がある、というのが彼の結論である。ただ、
社会学系や臨床心理系の人たちが聞き取りをしている割には
データベースのカテゴリには、さほど新規性がない感じだ。
終了後、質的分析に絡めて#8000のデータベースに
有効と思われる要素は何かと問いかけてみる。

その後、各テーブルごとの自己紹介を兼ねた交流会ののち

つるかめ診療所の鶴岡浩樹さんによる『臨床の中の病の語り』について。
鶴岡さんは地域医療がやりたくて栃木で在宅医療専門の診療所を
開設しているというユニークな先生だ。
彼が順天堂の医学生に「病と語り」を理解してもらうために、
どんな話をしているか、というのが講演のテーマである。
EBMで納得してもらえないときに、NBM(ナラティブ・ベイスド・メディスン)を
活用するというのは一般的だが、患者の物語を知ることで
EBM(エビデンスの用い方)も変わってくる、という話を面白く聞く。
特に在宅診療という「在宅劇場」は、
アウェーゲームという部分には大いに共感。
終了後の名刺交換で、在宅診療は、
相手の生活環境の中での問題解決する、という電話相談と
重なる部分が大きいという話をする。

翌日はディペックスのインタビュー評価研究のフィードバック。
作成した評価項目が具体的な事例の中で見えてこない、という
インタビュアーの声に応える形で、
評価者とインタビュアーの間の川に橋を架ける試みをする。
ディペックスのインタビューは、方法論が目的化してしまっており
その人ならではの語りへの心配りが不十分なんじゃないか
という当方の問題提起から、ディペックスのインタビューのあり方
についてへと議論が展開する。
教育の高度化、専門化は、木は見えるが森は見えない人材の
生産に結びついているような感じを受けるが、
ミーティングが終わるころには、当初はデータベースを作成しよう
とする意識が強すぎて、個々の語りを聴こうという意識が希薄だった
かもしれない、という振り返りへ行きつくことができた。
データベースを作成しようと意気込まなくても、
その人のホールライフを聴くことに集中すれば、
結果的にデータベースに必要な内容は集積できるはず、
というのがほかの評価者も含めた私の意見だが、
実際にインタビューをしている人にとっては、
なかなかそう思えない、ということは分かる気はする。

収穫だったのは、第三者による事後のビデオ視聴が
どういう風に役立つかが明らかになったことだ。

たとえば、クリップ(断片)にしてしまうと、
まったく問題ないように見えるビデオでも、
最初から最後まで通して見ると、微妙な違和感を感じることがある。
饒舌に語っているのだが、実は肝心なことを語っていない、
それが何だかは分からないのだが
できるだけ触れまいとしていることがあるような感じを受けるのだ。
全員で見ることで、それがインタビューの同席者(家族)
の存在が原因だったことが分かる。
インタビューの際に同席者に退席を促すのは、なかなか難しいが、
それがインタビュー内容に大いに影響する、ということは、
ビデオを通して見たからこそ分かることで、しかもそれは全体から感じ取る、
としかいいようのない方法によってだけ分かるのだ。
そういう制限のかかった語りがあり、しかしそれも語りなのである。

どうやって話を引き出すか、どのように言葉をかけるかという
一見対話スキルに見えることについても、
DVDを一緒に見ながらだと別の議論になる。
「ここで、どうして奥さんの死について語ってもらわなかったのか」という
問いかけの答えは
「もっと後でと思った」とか
「相手が語りたくないと思っているように感じたから」だったりするのだが
「この人は語りに積極的ではない」と言っているわりには
積極的にタイミングを捉えていない様相が浮かび上がってくる。
それはつまり、語りを妨げているものは
スキルなどといった表面的なものではなく、
実は、「死」や「離婚」についてのインタビュアーの側の心理的抵抗だったり、
話を途中で遮ることができないインタビュアーの対人関係の持ち方、
あるいはアイデンティティの問題だったりする。

「ここは切ってもらって構わないんですが」という語り手の言葉を
「ここは切って」と捉えるか、「あなたの都合で決めて」と捉えるか、
それも実はスキルではなく、相手の言葉を受け取る、
こちら側の心のあり方の問題なのだ。

アウェーで問われているのは、実はホーム(自分)だといえる。

ERテレフォンクリニックウェブサイト: http://homepage2.nifty.com/er-telclinic

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