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2011年9月20日 (火)

悪魔の選択

小児科医のMLでは、福島は安全かどうかでバトル状態である。
危険を回避する方法は、除染、移住などいろいろあるかもしれないが
セシウム137の影響にしても、実際のところはよく分かっていない。
ホットスポットの測定値なども公表されるが、この値だって
風任せ、雨任せのところがあることを考えれば、
どこにいれば安全ということだって確定できないと
考えた方がいいんじゃないだろうか。

昨日の毎日新聞「核心」で大江健三郎さんも書いているように
http://jibetarian23.blog116.fc2.com/blog-entry-776.html
危機に際しては、腹を括るという態度が大事だと思う。

そんな昨日は、CSでスティーブン・キングの『悪魔の嵐』を観る。
これは以前にNHKでも放映したらしいが、観たような観なかったような
あいまいな記憶しかないから、たぶん一部しか観なかったのだろう。
原題は『世紀の大嵐』(STORM OF THE CENTURY)で
http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=159762
私はこちらの方が、時間を感じさせて内容がよく分かるようにも思う。
主演の男優は『プライベート・プラクティス』に出ているティム・デイリー。
この人のお姉さんはタイン・デイリーで『ダーティーハリー3』に出ていた。
ハンサムな弟とはあんまり似てない(笑)が、印象に残る女優である。

話の筋は、孤立した島へ不気味な訪問者(人間の形をした悪魔)が
やってくるところから始まる。
前半2/3は、自殺、殺人、不審死といった
キングらしいコワ~イ場面の連続だが、後半1/3くらいから、一転して、
サンデル先生の授業みたいな密度の濃い内容になっていく。

悪魔の後継者として、こどもをひとり差し出せば
島民みんなの命を救ってやる。
差し出さなければ全員死んでいくことになる。
どうするか自分たちで決めるように。

と言われて、一番可能性のありそうなこどもの父親以外は
全員こどもを選ぶことを選択する。
(ここで、こどもの母親もそれに賛成するところが、
いかにもアメリカンミソジニーである)
この時点では、誰もが自分の子はなんとか
クジから外れる(外れてほしい、外れるはずである)と思っている。
で、当のその子が当たってしまったときになって、母親は半狂乱に。
他の島民は、誰かの犠牲の上に自分たちの命が救われたことに
若干の罪の意識を感じつつも一件落着、と安堵している。
まったく今まで助け合って生きてきた共同体の一員だって
いざとなったら自分が一番かわいい、と言うのは
自明なこととはいえ勝手なものである。
こどもは悪魔に連れ去られ、こどもの父親は妻と別れて
島を出ていき、自分の人生を再構築するが、抜け殻状態である。
妻はそれ以来、ずっと精神科にかかっているのだが、
最後までこどもは嵐に巻き込まれて海で死んだと言い続ける。
悪魔に「このことは決して口外してはならない)と言われたこともあるが
もちろん、自分がこどもを悪魔に渡す選択をした、
という過酷な事実を認めることができないからだ。
だから精神科医には「あなたは何かを隠している」と言われる。

まったく今の私たちが問われているような話である。
世紀の大嵐(地震と津波)がやってくるまで
そんなシビアな選択に迫られる事態がやってくるとは
想像もしなかった、愚かな国の愚かな私たち。
原発を選択した時点では、犠牲にするのは、
たかだかこどもひとりという程度の意識だったのかもしれず、
事故が起こるまでは、なんとかクジには外れてほしい
(外れるに違いない)と思い込んでいたのかもしれない。
くじ引きに参加するということは、当たりもあり得ると
その時点では思えないところが人間の見通しの悪さ、
というか抜きがたい愚かさというか。

大江さんも書いているように、明日は我が身だと思えば
今できることは、原発を享受してきた私たち全員が腹を括ることで、
本当は、原発を選択する時点で、全員が犠牲になること
(エネルギー消費大国を選択しない)を引き受けるべきだったのかもしれない。

せめて、こどもは海で失くしたのだ、というごまかしだけは
しないようにしたいと思う。


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2011年9月17日 (土)

残酷な芝居

先週末は藤沢にある遊行寺というお寺へ
遊行寺かぶき「さんせう太夫」を観に行った。
案内が回って来たときには遊行寺にも、
かぶきにもいくらか興味を惹かれたが
寺まで駅から歩いて15分と聞いて
「このくそ暑いときに15分も歩くのは無理」
とだんまりを決め込むことにした。
そこへ「枯れ木が足りないから、駅からタクシーで参加しろ」
という要請が来たので、海を越えて賑わいに貢献することにしたのだ。

数日前までは涼しい日が続いていたが、
当日は再び夏がぶり返したような暑さ。
毎年参加している人に言わせると、これも例年通りで
駅からタクシーは正解である。
境内はいくらか涼しい風が吹いているが
芝居がおこなわれる本堂は扇風機もなく、
畳で足を延ばせる気ままさはあるものの
「3時間の芝居」という前口上に、いささかたじろぐ。

お寺の本堂でおこなわれる「かぶき」という触れ込みから
こちらは相当にアヴァンギャルドな形式を期待したが、
ふつうの劇場芝居と変わらず拍子抜けする。
話はほとんど鴎外の「山椒大夫」そのままに展開し
途中10分の休憩を挟んで、終わったときには
辺りはすっかり暗く、こちらはすっかり疲れていた。

それにしても中世という時代はなんて残酷な時代なんだろう。
もっとも近代だって残酷さが減っているわけではなく、
残酷さを隠すのがうまくなっただけだが、
中世の生々しい残酷さ目の当たりにすると、
なんだか自分の奥底を見せつけられるようで、
やっぱりちょっと目をそむけたくなる。

鴎外が、なぜ「山椒大夫」という題名そのままにリライトしたか
「安寿と厨子王」の物語からはその辺はなかなか理解しがたいが、

「さんせう太夫」が語る世界は、こうした下人の境遇である。

説経の中で語られる世界は、きわめて宗教性の強いものであった。
しかしそれは整然とした教義を説くようなものではなく、
救いや再生といった民衆の願いに直接うったえる、情念的な世界であった。
http://blog.hix05.com/blog/2006/12/post_48.html

というネット上の解説などを読むと、説経節というこれらの物語は
当時の下層の人たちの思いを掬い上げる役割を担っており
鴎外の物語が親子や姉弟の情に焦点を当てて、いささか説教くさいのは、
これもまた当時の時代の要請によるものだったのだろうと想像がつく。
中世の説経節は、下人たちの境遇ややり場のない感情を
代弁するものだったという点では、今でいうやくざ映画と
似たようなものだと考えればよいのかもしれない。

それにしても、寺の本堂を使って終盤に一瞬の
自然光と風を取り込むという演出は、
演出家冥利にはつきるのかもしれないが
それまでの3時間近くを風も通らない蒸し暑い暗い中で
延々と付き合わされる観客の立場はどうなっているのだろう。
中世の残酷さを身を持って味わうということでは
それなりのリアリティがあったというべきかもしれないが。

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2011年9月 9日 (金)

視能訓練士

本を読むのに疲れを感じて集中力が続かなくなってきたので
メガネをチェックしてもらおうと駅前のデパートのTメガネへ。
目のせいで、年のせいとは考えない所に中年世代の
事実誤認の傾向も感じるが、新しいメガネ店を開拓しておきたい
という思惑もある。
メガネをかけるのは老眼になってからだったこともあり、
これまでの2回は銀座のM眼鏡店で作っていたのだけど、
年を取ってきたら近場の方が何かと便利かも、と考えたのだ。

視能訓練士らしい若い女性が、コンピュータで視力チェックし
その後実際の視力を確認してくれる。
点の塊や線の濃さの見え具合などもチェックしてもらって
乱視はそんなにないことが分かり、ちょっとホッとする。
前より2度くらい進んでいるとのこと。
利き目の確認もしてくれて、右目がそうらしいと分かる。
ということは左脳優位ということなのだろうか?

最初はレンズだけ変えればいいかなと思っていたが
いろいろなフレームを見ているうちに、
なんとなくもう1本新しいのがあってもいいかもと、
結局今度はふちありにする。
訓練士が
「古い方は、お台所仕事など、ちょっと距離のあるのに使うといいですよ」
と言って、古い方をメンテナンスしてくれる。
このあたり、サービスというよりメガネという道具を大事にする
という職人気質がビンビンと伝わってくる。
レンズをきれいにし、いつだったか踏んづけたゆがみを直し、
鼻当てを取り換えて、フレームのネジを締めなおしてくれる。
かけてみて鏡を覗きこんだら、あまりの画像の良さに卒倒しそうになった。
たしかに最近は、台所仕事をするのにメガネをかけている方が快適なのだが
メガネをかけて台所仕事をする、というのはどうも自分のイメージに合わなくて
まだ受け入れられずにいる。

ところで視能訓練士という医療資格があると知ったのは
先週末、夫の元同僚夫妻と軽井沢へ出かけた折だった。
元同僚の再婚のお相手が聖路加病院の
眼科に勤務する視能訓練士だったのである。
なるほど、先日飛蚊症のチェックに眼科を受診したときに
さまざまな検査をしてくれたのも、視能訓練士だったのか。

元同僚は10年くらい前に、私も知っていた奥さんを肺がんで亡くしており
お相手も何年か前に眼科医のご主人を肺がんで亡くしていて
同じ境遇の二人が、偶然同じテニスクラブにいたことから
昨年ようやく結ばれた、というのがなりそめとのこと。
彼女の方は、眼科医のご主人を亡くした後、学校へ通って
視能訓練士の資格をとったとの話に彼女の気持ちを感じる。

台風襲来中で天気は雨模様だったが、
三笠会館で昼食を済ませた後4人でセゾン現代美術館へ。
新婚さんのアツアツを横目で見ながら、堤清二さんのセンスを堪能する。
堤清二さんは、私たちの仕事の最初のスポンサーだった。
こういう鮮鋭なセンスがあったからこそ、電話相談という仕事の
新規性、革新性をも見抜くことができたのだろうと納得する。
天気がよかったら、お庭ももっと堪能できただろうとちょっと残念。
でも、また来る機会はあるだろう。

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