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2011年10月 4日 (火)

責任と権限

大阪の#8000の相談員向けに
スキルアップ研修をしてほしいとの依頼を受ける。
どこの#8000も、医師か看護師が相談員であれば、
電話相談の研修はゼロで構わないと考えているようだが
診療と電話相談では発想が180度異なるから、
本当は普通よりもきっちりと研修をする必要がある。
でも#8000の場合、相談を受ける側には
そういう認識は皆無だから、もう盲蛇に怖じずである。
まあ、そういう仕事の仕方もないわけではないが、
こういうのは民間ではまず無理だろう。
税金と保険料で賄われている業務ならではである。

大阪は、担当の小児科医の先生にさんざん電話相談についての
レクチャーをしたこともあって、とりあえず電話相談について
先生なりに咀嚼した研修はおこなわれているようである。
といっても、先生自身に電話相談の経験がないから
教科書で学んだことや経験者から聞いたことを
そのまま伝える、というレベルで留まってしまっている。
仕事の肝心な部分は暗黙知に存在するから
暗黙知の支えがない形式知は、どうしても薄っぺらである。

昨年度の研究班の研究で、相談の録音CDを聞いて分かったことは
電話に出る看護師さんが、責任と権限をきちんと理解できていないことである。
電話相談では、かけ手が選択し、責任を取るのだと説明すると
受け手である自分たちは、判断を回避していいと理解してしまう。
「受診の要不要以外の相談は、自分たちの範疇じゃないから」
などと平気で言ってしまうのである。
これは最初に、#8000の目的を「受診のトリアージ」
というところに置いたからで、必ずしも彼女たちのせいではないのだが
とはいえ、日頃から教わったことと実際とが違ったときに
自分の判断で物事を進める、という習慣がないために
言われたことしかしない、できない、ということもあるように思う。

一方権限という点では、指示・指導する権利を権限だと思っている節がある。
そのために自分がかぶる可能性のあるリスクを回避しようとして、
どうしても「受診しろ」とか「ああしろ、こうしろ」という話が多くなる。
自分の権限においてリスクを相手と共有するということは苦手である。
この背景には、病気のこどもは知っていても、
健康なこどもについては、よく知らない、ということがあるのではないか。
#8000は病気の相談だから、病気のこどもさえ知っていればできる、
と考えているのだろうが、病気というのは言ってみれば
ルビンのツボみたいなもので、2人の人の顔という背景(健康)があって
初めて見えてくるものだと理解していないと、受診が増えるだけである。

この辺りを研修で触れなければならないなあと思いつつ
大阪から相談の受付票を取り寄せてみて分かったことがある。
データの取り方が病気や症状に偏っていることは、
まあ#8000の成り立ちからしてしかたがないとしても
実際の相談を記録する欄がないのは実に示唆的である。
これは、もちろん実際の相談内容には価値がない、と
思われているからだが、電話相談では「聴く」ことが重要
と言いつつ、聴いた内容を記録する必要を感じていない
というのは、どう考えたらいいだろうか。
電話相談の理解の不充分さもさることながら、
一般人の言うことには関心がないと考えればよいだろうか。
しかし相談内容を記録することは、相談員が自分の相談の質を
把握するだけでなく、実際の医療のあり方を検証するためにも役立つ。
まさか記録に残るとヤバイからってわけではないでしょう。
#8000ではセンター化構想が浮上しているが、
誰もそこで何をしたらいいかわかっていない状態である。
(なんだか建物だけ作リ続けてきた公共事業みたいだ)

私は、一般人の病気や医療に対するさまざまな声を
集積するセンターにしたらよいと思う。
そうした集積こそが、まさにこれからの医療にとって必要だからである。

ERテレフォンクリニックウェブサイト: http://homepage2.nifty.com/er-telclinic

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