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2011年11月12日 (土)

『家族の庭』

ふと思い立ってテアトル銀座へ『家族の庭』を観に行くことにする。
ついでに伊東屋に頼んでおいたカレンダーも取りに行くことに。
チケットはネット予約ができるようなので
PCでやってみたが、どうやっても座席が取れない。
うーむ、ブラウザのせいなのか?
しかたがないので「携帯からの予約」で取る。
PCだと座席指定ができるが、携帯予約ではブロックしか選べない。
テアトル銀座はそんなに大きな映画館ではなかったなあと思いつつ
あんまり前の方も、と思いながら後ろのブロックを選ぶ。
どの程度後ろかがちょっと不安だったが
実際には2階席くらいの高さで、画面がちょうど目の高さだった。
PCで席がとれなかったのはなぜ?と受付で聞いてみたら
ネット予約は25席だけ確保してあり、白くなっているのが空席なのだと。
ほかの映画館では、ふつうは埋まっている席が白くなっているが
映画館によって違うみたいだ。

映画は1年を四季に分けて描いている。
夫婦ともに仕事を持ち、安定した生活を築いているトムとジェリー。
この名前に何か意味があるのだろうか、とちょっと考える。
家庭菜園に精を出し仲睦まじく、幸せそうである。
そこに絡んでくる人間たちは、それぞれ悩みを抱えている。
離婚後、孤独から抜け出せないメアリーは
なんとか気を紛らわそうとやたらに喋りまくり、
車を買ったりもするが、どうも詰めが甘い。
人間、気持ちが安定していないときは失敗が多い
というのはよくあることだが、こういうところから
抜け出すのはなかなか難しいだろうなあと思わされる。
ケンも孤独を抱え、ひたすら食べること、飲むことに
専念しているような中年男だ。
メアリーに言い寄ったりするが、あっけなくはねつけられる。
孤独からは抜け出したいが、相手は誰でもいいというわけではないのだ。
メアリーはトムとジェリーの息子に色目を使ったりして
彼がガールフレンドを連れてくると露骨に嫉妬心を見せる。
この辺は実にありそうなことだと納得してしまうが、
およそ実現可能性がなさそうなことを夢見てしまうところは、
中年期の混乱をよく表しているといったらいいか。

「冬」にはトムの兄の連れ合いの死があり、
後に残された夫の孤独が描かれる。
こういう夫で妻は幸せだったのだろうか、という感じがしなくもない。
妻の死に打ちのめされているとはいえ、
明るくてまめなトムとは対照的な兄である。
映画は人生なかなかうまくいかないものだという苦さに満ちている。
しかし一番の苦さは、メアリーを通して、
人は自分の問題は自分で解決するしかない、
ということがビンビンと伝わってくるところだろう。
メアリーは、自分はひょっとしたらトムとジェリーの疑似家族だと
感じていたのかもしれないが、それはジェリーにはっきり拒絶される。
このあたりは心理カウンセラーであるジェリーならではだろうが
そういうものだよね、と思うか、家族ってもうちょっと拡大解釈が
できるものなんじゃ?と思うかは人によって違うかもしれない。
トムとジェリーには、もちろんメアリーを疎外している意識はないだろうが
幸せな生活とは、どこかで壁を作らないと保てないものだ
と言っているようでもある。
そうかもしれないし、そうでないかもしれない。
この辺は私にもまだ結論が出せていない。
甘いのかもしれない。

映画館を出て、雨の中を歩いて伊東屋へ。
取り置いてもらったはずのカレンダーが用意できていない
というあたりに手際の悪さを感じるが、
「プレゼント用ですか」と確認してくれて、
それ用に念入りに包装をしてもらい、不手際は帳消しである。
隣のカフェの対応もほっくり暖かく、
映画の苦さが溶けていくのが感じられる。

ERテレフォンクリニックウェブサイト: http://homepage2.nifty.com/er-telclinic


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