« 生きているうちに | トップページ | ネットワークとは言うけれど »

2011年12月16日 (金)

医療にとっての聞き耳ずきん

毎週送られてくる新潟のクライアントからのFAXに
1月末からポリオの不活化ワクチン接種を始めると書いてあった。
個人輸入で入手するようである。

数ヶ月前に何回か「ポリオの不活化ワクチンは打ってもらえないか」
という相談が入っていたから、こういう患者の声が
引き金になっていることは間違いないだろう。
電話相談をやっていて、もっとも充実感を感じるのは
こんな風に、かけ手の切実な声に、ちゃんと応える側がいると分かるときだ。

時間外電話相談をどう活用するかは、
クライアントである開業医によってさまざまである。
時間外電話相談はどこか時間外電話診療と勘違いされている節があり
だから、医者でもないのに時間外の電話を受けるということに
多くの医師はいささかの不安を感じつつも、
でも何かノウハウがあるみたいだから
なんとかうまくやってくれるのかもしれないと
恐る恐る始めてみる、といった感じである。

そうやって導入した後はしばらく様子見が続くが、
だんだんどういうものかが理解できてくると、
やっとどう使いこなすかを考えられるようになり
こちらにもさまざまなことを要求をしてくるようになる。
しかし中には地域医療貢献加算が取れれば、
あとはコストダウンが優先というクライアントもおり、
連休などはさっさと留守電にしてしまうということも起きる。
相談自体に価値を認めていない、ということかもしれない。
これはこちらも負担感が少なく、相手の懐具合にもメリットがある、
という意味では一石二鳥だが、仕事のモチベーションは下がる。
他方、全面的に信頼して大型連休をとるというクライアントもいる。
面白いことに、そういうクライアントの患者教育ほど行き届いており、
長期にわたる休診でも、ややこしい苦労はほとんどない

ただ、一般的には時間外かどうかに関わらず、医療者は
電話相談の目的を即時的な問題解決と考える傾向があり、
かけ手の声を聴くのは解決のためのスキルであって
聴くことそのものが問題解決であるという風には理解していないことが多い。
聴くということは、聴きとめた問題を受ける側が引き受ける
ということでもあるのだが、どちらかというと聴きっぱなしが多い感じがする。
日々報告している相談内容が、どのくらい日々の診療や医院の業務に
活かされているのか、こちらとしてはホントはそこが
一番知りたいところだが、そこはなかなかつかめない。
しかたがないので同じような相談が入るか入らないか
といったところで、相談の効果を判定することになる。

始めた当初は、時間外の電話相談がサービスなのか
そうでないのかといった議論もあった。
医師の多くはサービスという言葉を
患者の言いなりになる、患者に奉仕する、というニュアンスで
理解しており、プライドを傷つけられたように感じる人もいたようである。
「医療はそんなもんじゃない」という反発も耳にすることがあった。
部外者からすれば、患者の言いなりになるなんてことは
ありえない話だと思うが、当事者としてはなかなかそうはいかないらしい。

サービスという言葉で私に一番しっくりくるイメージは、ワインソムリエである。
料理に一番合うおいしいワインを勧めてくれる人。(私は下戸だけど)
基本はお客の好みを尊重してくれるが、
よりおいしいワインがあれば、客の懐具合も勘案した上で
そちらをを勧めてくれる人。
要するに、お客にとって一番良いことを考えてくれる人だ。
ワインソムリエは、客の言いなりになることが
必ずしもいいサービスとは言えない、
ということをもっとも心得ている人でもある(たぶん)。
だから時間外電話相談をサービスと表現することに抵抗はない。
しかし医療の分野でこれをを理解してもらうのは、なかなか難儀なのである。

ワインソムリエにとっては、
お客はどこまでも他者(コントロールが効かない相手)だが、
医療者は、なかなか患者を他者とは捉えられない。
コントロールするか、されるか、どっちかになってしまうようである。
特にたくさんの患者をこなして収入を得ようとしている場合には、
患者のご機嫌を損ねないことが目的化してしまう。
「サービス」という言葉に対して抵抗感があるのは
そういうことも関係しているのだろう。

不活化ワクチン接種の希望に応じるということは
患者の言いなりになっているように見えるが、
実は患者を他者と捉えたときに見えてくる問題に対処することである。
それまでのワクチン行政や、患者の置かれた立場を
ほんのちょっとでも考えたことがある医療者なら
誰だってチャンスがあれば、この要望には応じたいと思うはずである。
厚労省に働きかける、とか医師会とは反対の主張を公にする
などというのは、結構な勇気が要るだろうが
個人でワクチンを輸入し、患者と合意の上で新しいことを始めるというのは、
ほんのちょっとの勇気と、いささかの手間を惜しまなければ
そんなに難しくはないんじゃないだろうか。
なによりも心強いのは、後押ししてくれるのが患者だということだろう。

医療の使命は患者の声に応えることだ。
そのためには、聞き耳頭巾をかぶって患者の声を聴くことだろう。
声を聴きとる感受性を最大に磨いておくことである。

ERテレフォンクリニックウェブサイト: http://homepage2.nifty.com/er-telclinic

|

« 生きているうちに | トップページ | ネットワークとは言うけれど »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/159267/53497677

この記事へのトラックバック一覧です: 医療にとっての聞き耳ずきん:

« 生きているうちに | トップページ | ネットワークとは言うけれど »