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2011年12月11日 (日)

生きているうちに

新聞に『野見山暁治』展が12月3日までと書いてあったので
慌ててブリジストン美術館へ観に行く。
たしか12月の後半までだったはずなのに、と
行ってから確かめたら、別の画廊での小品展のことだと分かった。
最近は、こういう勘違いが多い。
早合点をするタイプということもあるが
メガネをかけないと字がよく見えないせいもある。
目が悪くなると、細かい字をちゃんと読むのは面倒になってしまうのだ。

寒い日だったが美術館には小学生の集団が来ており、ちょっと驚く。
この学校の美術の先生は、なかなかすごい。
小学生くらいの感受性豊かな時期に
野見山さんは最適の教材だろう。

野見山さんは1920年生まれと年譜にあるから
今年90歳を超えているはずである。
写実からキュビズムを経て、自分の好きなように描く時代に
入っていく様子がよく分かるが、気に入った言葉を書き留めておいて
描いた絵のイメージに合わせてタイトルに使っていくそうである。
どうりで、ときどき「うむ、この絵のどこがそういう内容?」
というのに出会うわけだ。

画家の描いた絵を見ていると、つくづく
絵も日記、ではなく月記、でもなく年記なのだなと思わされる。
時間経過が一覧できるところは空間芸術ならではである。

毎年カレンダーを送っている伯母は今年97歳だそうである。
久しぶりに電話で話したが、結構しっかりしていてびっくりした。
大学で音楽を教えていたこともあり、さすがに通して曲を弾くことは
難しいみたいだが、楽譜を出してきて曲の新しい解釈を
考えたりするそうである。
「年をとったから見えてくるというものもあるのよね」と言っていた。
でも身体の方はなかなか大変で骨粗鬆症もあり
歩行がままならないらしい。
外出はサポートがないと難しいが、家の中でも座っているところから
立ち上がるのに難儀するというようなことを言っていた。
高齢者向けのパワースーツみたいなのがあると
いいんじゃないだろうか、と思ったりする

バレエの先生は84歳だし、元気な先達がいると思うと
こっちもうかうかしていられない。

一方で先日届いた欠礼のハガキには友人のご主人が
64歳で亡くなったと言う知らせが書いてあった。
恰幅のよい人で、築地の店では何回か
おいしいとんかつを食べさせてもらった。
若すぎる感じもしないでもないが、
これは個人差なのだろうか、世代差だろうか。
久しぶりに友人と旧交を温めるのが楽しみではある。

ふだん年賀状でしかやりとりしていなくても、
どこかで会う機会がやってくるものである。
でも死んじゃったら会えないわけだから
生きているうちに会っておかなきゃいけない。
と、そんな気がしている。

97歳の伯母にも会っておかなきゃ。
自分だっていつ死ぬか分からないんだし。

ERテレフォンクリニックウェブサイト: http://homepage2.nifty.com/er-telclinic

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