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2012年1月 1日 (日)

以心伝心

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今年の玄関飾りは安房のお飾り。
房総の村で年末に教えてもらいながら作った。
海辺の地方らしく、海老を型どっているようである。

大晦日の夜はアマゾンで3枚3000円で買ったDVDの1枚
『存在の耐えられない軽さ』を見ようとしたのだけど途中で挫折。
気分と内容が合わないのかも、と機会を改めることにする。

で、偶然チャンネルを合わせたBS朝日
「宮崎哲弥の大論争5時間スペシャル」が結構面白く
バイトから帰ってきた息子と最後まで見入ってしまった。
「朝まで生テレビ」は煽られている感じが
どうも好きになれないが、こちらは非常に冷静に
問題を論じていて好感が持てた。
民主党には大塚さんとか原口さんとか
頭脳明晰な人が多そうなのに、
なんでごたごたとまとまらないのか不思議だ。
トーク番組のよさは、断片的な情報をどうつなげばよいかが
見えてくるところにあるのだと思うが、そのためには
コーディネーターの力量もモノを言うということかもしれない。

まだ年が明けないのに宛先不明で戻ってくる年賀状がちらほら。
自分じゃきちんと管理しているつもりだったが、
住所録が訂正できていないみたいだ。
元旦まで待って返事を書けばよさそうなものだが、
それではちゃんと元旦に届くように出したことが伝わらないので
メールで住所を訊くことにする。
手元にあるのは職場のアドレスだけど、
当然自宅に転送されているはずである。
そうしたら即刻返信が。
「掃除が済んで机の前に座ったらメールが届いた。
大学が年末の停電になる寸前に届いたようだ」
とのことで、滑り込みで住所を入手する。
大学も休み中は停電なのか。
「いやあ、絆って運とタイミングですね(笑)」と書いて投函する。

去年は原発事故などもあって、SNSでもさまざまな議論や
情報交換ができ、人とのつながりを強く感じた年だった。
ネットとはいえ、双方向のやりとりができたのは
自分にとって随分勇気づけられることだった。
マスメディアの記事は、所詮マスメディアは何を発信したいか
ということしか分からないが、ネットでのやりとりは
顔見知りではなくても、個人個人が何をどう考えているか、
ということが分かるという意味で井戸端会議に似ている。
人間にとっては案外「みんな、どう考えているんだろう」
ということが大事なのかもしれず、
それは情報が得られるだけでなく、
つながっているという実感を求めているからなのかもしれない。
顔見知りとの濃密なつながりは、
時に鬱陶しかったり傷ついたりもするが、
顔も知らない人との適度な距離があるつながりは快適である。
現代人は昔の人よりはるかに傷つきやすいのかもしれず
こうしたさまざまな距離のつながりが精神的な健康
を保つうえで大事なのかもしれない。

学生時代の同窓会のようなノスタルジックな集まりは、
集団で時間を遡っているようで、どうも性に合わないが
昔の仲間でも、仲のいい誰か会ってゆっくりお喋りをするとか
新しく知り合った気の合う仲間とワイワイ騒ぐというのは
何か先に進んでいく時間を感じることができるような気がする。
今年は、そんな風に埋もれた遺跡を発掘するように
気の合う相手を発掘しては旧交を温める年にしてみようか。
何か自分はそうしたものを求めているような気もする。
誰かが言っていたようにそれが「疑似家族を作る」ということかもしれない。

「バルサ最高!メッシ絶好調!」と
書き送った大阪の友人から届いた年賀状には
「レアルがんばれ」と書いてあった。

疑似家族は以心伝心である。

ERテレフォンクリニックウェブサイト: http://homepage2.nifty.com/er-telclinic

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