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2012年2月 3日 (金)

『J・エドガー』

イーストウッド監督の最新作を観に行く。
期待以上の出来で、見終わって少々興奮気味の自分がいる。
ディカプリオは、特に好きな俳優というわけでもないが
イーストウッドがFBI初代長官のフーバーを描くとなれば
観ないわけにはいかない。
彼がアメリカをどう見ているか、という点にも関心がある。

フーバーの最初の仕事が国会図書館の情報システムの
整備だったというのは、この映画で初めて知った。
次に彼が手がけたのが犯罪捜査を科学的に
おこなえる機関の設立で、これがFBIである。
共産主義がアメリカの敵とされた時代、
社会秩序を破壊する誘拐事件、強盗などの犯罪を防止、
解決するためには、州ごとにバラバラだった
捜査局を一元化する必要があった。
この彼の着眼点は先見的で、さすがと思わせる。
しかしその後、この捜査手法の延長で要人の個人情報を入手し、
それを武器に8代もの大統領の間、権限を維持する。
時代が交差するめまぐるしい作りの中で
次第に明らかになってくるのは、
こうした彼の権限拡大のための振る舞いが、
実はフーバー自身のコンプレックスと
深くかかわっているということである。
それまで時代を行き来する形で水平に描かれていた物語が
急に立体的に立ち上がってくるこの部分は圧巻である。
アメリカという国が共産主義の脅威を強く感じていた時代と、
フーバーが他者に対して感じていた脅威とが
重ね合わさった結果、フーバーのFBIは成果を上げていく。
時代と呼応するというのはこういうことなのだろう。
フーバーの死と入れ替わるようにニクソンが大統領になる。
フーバーはあたかもニクソンのために
前例を作ったかのようにも見える。
イーストウッド監督の手腕が冴えを見せる部分でもある。

強い男がアメリカの理想とされた時代(今でもそうなんだろうけど)に、
自分はそうではないと認めるのは苦しかっただろうと思う。
彼の強い母親は、そうした息子の本性を決して認めようとはせず、
どこまでも強い男であることを要求し、彼はそれに応えようとして
違法捜査や情報操作を駆使することによって
外に向かって強い自分を作り上げる。
自分の強さを自分自身に納得させるためにはそうすることが必要だった。

唯一彼が心を許したのは、
秘書のガンディ(ナオミ・ワッツ)と副長官のトルソンだった。
この2人に対して彼は、ほとんど直感的な無防備さで関係を結ぼうとする。
ガンディには3回目のデートで結婚を申し込んで断られ、
しかし彼女は終生フーバーの忠実な秘書として独身を貫く。
トルソンを採用したのも確たる理由があったようには見えない。
確かに優秀で、しかもフーバーと同窓という条件は
客観的には信頼に足るものだが、採用1年半で片腕として
副長官に任命した理由はそれだけだったのだろうか。
そうやって片時も離れずにいるような状況を自ら作り出しておいて、
社会的な立場を有利に保つために女性との結婚を考えたりする。
この辺りは、権力を得ているからとはいえ、いかにも自分中心である。
もともとトルソンの方には、その気があったのだが
殴り合いになるまでフーバーはそれに気づかなかった
という風に映画では描かれている。
精神科医の斉藤環氏は彼を「アスペルガー障害」と呼んでいるが
フーバー自身が自分の気持ちを理解できず、
だから他者の気持ちが理解できなかったとは考えられないか。
『ソーシャル・ネットワーク』で双子のウインクルボス兄弟を演じた
アーミー・ハマーがトルソンを演じて印象的である。

ディカプリオもハマーもナオミ・ワッツも若い時と老け役の両方を演じている。
老け役はメイクアップも巧みで、それなりになりきっているが
観客である我々には若い姿が残像として残っているから
老け役になると、どうしても我に返ってしまうところがある。
しかし、この映画はそんなことはまったく問題にならない。
映画全体から、人物の厚み、時代と個人の関わり、
そこに込めた監督のメッセージなどがビンビンと伝わってくるのである。
イーストウッド監督の代表作といってもいいんじゃないかと思う。

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コメント

ローハイドのロディが、ここまでにくるとは・・・スーパーボールの幕間に流されたクライスラーのCMでも話題になっていらっしゃる。

投稿: ママサン | 2012年2月 9日 (木) 19時26分

ママサン

大好きでした、ロディ。
(山田康雄さんもぴったりでした)
あの、ロディがと思うと感慨深いですよね。

クライスラーのCMってこれですね。
http://blog.livedoor.jp/motersound/archives/51695616.html


投稿: pinoko | 2012年2月 9日 (木) 21時41分

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