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2012年3月27日 (火)

心に残る不可解さ

たまたまチャンネルを回したBSスカパーでやっていた
『タクシデルミア~ある剥製師の遺言』
脚本はサンダンス映画祭でサンダンス・NHK賞を受賞。
しかし、 そのあまりの“規格外”の内容により、
NHKが日本でのTV放映権を手離し、出資を見送る異例の事態を生んだ
という山下真司さんの解説に惹かれて、怖いもの見たさで観ることにする。

親子三代の物語になっているが、人間の変化を辿る歴史のようでもある。
祖父(性欲)、父親(食欲)ときて、息子は剥製師(不死の象徴?)である。
祖父の欲望も父親のそれも半端じゃない。
この辺が規格外(R15指定)のゆえんなのだろう。
しかしそれゆえに祖父は頭を打ち抜かれ、父親は見ていても
気持ちが悪くなるような大食いアスリートである。
そのなれの果てである息子は、まるで生気がないが
(でも欲望がないわけじゃない)
それでも大食いしすぎてもはや動けない父親に、
せっせと食料を供給する優しさを持っている。
なんだかいつまでたっても自立できない草食系の
子世代を見ているようでもある。

岸田秀さんは、自我の不安が欲望を生むと言っていたが
最終的に自分の首と右腕を切断して、
剥製として生き残ろうとするのは、
まさに壊れた本能の代わりに発明された自我そのものである。
生き残ろうとしているのは生命ではなく自我なのだ。
この剥製技術は実現可能かどうかはともかくとして、
祖父、父親に劣らない息子の欲望の大きさを表している。
好きか嫌いか、いいか悪いかはともかく
強烈な印象を残す映画であることはたしかだ。

表現の仕方は対照的だが
『ポエトリー ~アグネスの詩~』も強く心に残る映画だ。

祖母と孫の物語であり
認知症が始まった老女の物語であり
少年や高齢者の性や
少女の自殺も絡む。

そんな中で、認知症が始まっていると言われた老女(祖母)は
詩を書きたいと思い講座に通い続ける。

詩とは、どうやって書けばいいのか。
詩の先生はリンゴを例に

見て
さわって
匂いをかいで
かじって
その本質をつかみ言葉にするのだと言う。

認知症が始まっている老女は、
途中で自分が何をしようとしたかも忘れてしまうほどだが
詩作への思いは消えない。
ひたすら何かを探しているような時間が続き
そして最後に老女が書いた詩は
孫によって自殺に追いやられた少女の思いを
つづったものだった。
孫を法の手に委ねるという身を削るような思いを経て
ようやく書けたのだともいえる。

『タクシデルミア』はハンガリー
『ポエトリー』は韓国の映画だが、
人間のどうしようもなさ、不可解さを
まっすぐ見つめているところは共通している。
こういう風に見つめることができるというのは
なにが違うのだろうと思ってしまう。

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