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2012年5月24日 (木)

『灼熱の魂』

見たいと思いつつ、ロードショーで見逃してしまったので
ギンレイで上映すると知ったときは嬉しかった。

ギンレイにかかるまで待っているという態度は
最近ではほぼ当たり前になっているが、
ロードショーのタイミングを逃してしまった映画、
ロードショーで見るのは、ちょっと躊躇してしまった映画を
時期をずらして見られるのは、ことのほか嬉しいものである。
タイミングを逃したのか、躊躇したのか、の違いは微妙で
躊躇したからタイミングを逸したのだろうと言うことはできるが
そこにはギンレイにかかるであろう、という予測が立つかどうか
というのもあるから、リスクを賭すことができる映画かどうか
と言い換えた方がいいかもしれない。
タイミングを逃す、というのには、単純に忘れる、ということも含まれるが
躊躇には、ギンレイにかかるまで待てるか、
かからなくても諦められるかという覚悟が含まれているのである。

『マネーボール』のように、ロードショーには食指が動かず、
まさかギンレイにかかるとは思ってもいなかったのに、
ラッキーにも見ることができた映画もあれば
『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』みたいに
ふと思い立って、だいぶ遅くなってから上映館を探し出して
ロードショーで見た映画もある。
これはギンレイにかかってもいい映画だとは思えたが
なんとなく見逃すかもしれない予感があり、
それはまずい、と思ったのである。
(これからかかる可能性もないわけじゃないが)
『マネーボール』は予想以上に面白く、もちろんブラピも
よかったのだが、ギンレイで観られたからこそ
嬉しさ倍増だったという感じはある。
併映は『ソーシャル・ネットワーク』だったのも嬉しかった。
これはすでにロードショーで観ていたし、WOWOWでも
何回も放映されているが、やはり映画館で観るのは違うのだ。

『灼熱の魂』は、映画評でよさそうな映画だとは思い、
観に行きたいと思っていたが、ちょっと躊躇もあった。
躊躇した要因は、内容のシビアさ(想像でしかなかったが)と
タイトルの妙に情緒的な雰囲気で、灼熱と魂という表現が
なんとなく非現実的に感じられて二の足を踏んだのである。
原題は『Incendies(焼け焦げる魂)』で、
Incendiesには、フランス語の“火事”、“感情の爆発、動乱
、戦乱”の意味もあるらしい。
この原題が、まさにそのものであることは観終わってみると納得する。

突然死んでしまった母親の遺言が公証人によって
残された2人の双子に託される、という形で映画は始まる。
自分たちの父親と兄を探すと言うのがその内容なのだが
振り返ると、これがすべての伏線になっている。
この構成が見事である。
自分の夫(になるはずの人)を殺され、こどもを取り上げられた
母親が取った行動は、まさに魂を焼き尽くすようなものだったが、
それは、こういう形で治まらざるを得ない、ということなのである。
痛みを感じずに済む人間はひとりもいないのだが
それゆえに、復讐の連鎖は止まると言いたげでもある。
この映画に唯一の弱点があるとすれば、
誰かも書いていたが、ドラマチックすぎることかもしれない。
しかし、民族の違いや宗教の対立を越えるものがあるとすれば
これしかないだろう、という気持ちになることも、また確かである。

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