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2012年5月23日 (水)

第2回ぶらくらぶ東京

三社祭りの中日、BC東京(ぶらくらぶ東京)と名づけたウォーキングサークルの
仲間たちと浅草から門前仲町までの散策を楽しむ。
しばし浅草寺で神輿を楽しんだ後は、隅田川に沿って南下。
厩橋を渡って旧安田庭園跡、東京都慰霊堂、江戸東京博物館、
回向院、吉良邸跡を見学、芭蕉稲荷公園から一般開放されている方の
清澄庭園で一休みし、深川不動尊、富岡八幡宮で終了である。
赤坂ー麻布ルートのようにはアップダウンがなかったこともあって
距離は前回とほぼ同じだったが、比較的疲労は少ない。

歩いてみると、場所だけでなく知らないことも沢山あることが分かる。

慰霊堂のあった横網公園には、陸軍の被服廠があったが
関東大震災の際に多くの人々が家財道具を持って逃げ込んだために
火事で38000人が焼け死んだと言われる。
この数はサッカー観戦でも結構な多さに入るだろう。
つくづく逃げるときは身一つ、津波のときはてんでんこが肝心と思わされる。

隅田川は大きな川だと思っているが、荒川の方がずっと大きいとか
(実際地図には荒川という名前は見えても、
縮尺によっては隅田川という文字は出てこなかったりする)
江戸の頃はお寺も神社も混在しており、(仏教と神道は分離していなかった)
浅草寺のようにお寺の守り神として浅草神社が境内にあったりする。
三社祭りというのは、浅草寺境内でおこなわれる浅草神社のお祭りなのだ。
こういういい加減というか、無境界な感じというのは実に好み。
自分の中には近代より古代が強く息づいていることが分かる。

江戸時代は川が物流の要だったこともあって、川の流れを変える
治水工事はあちこちでおこなわれていたようで
橋を架けるか架けないか、ということにも戦略があった。
浮世絵に出てくるような太鼓橋は、歩く側からすると
非常に歩きにくい感じがするが、構造的には
この形がもっとも強度が強いそうである。
でもできるだけ渡らせないという思惑もあったのではないだろうか。

今はスマートフォン用の便利なアプリケーションがあって
歩いた跡を地図上に記録して、途中で撮った写真も貼り付けてくれる。
http://www.everytrail.com/view_trip.php?trip_id=1584876
ウォーキングの最中はミクロの次元でしか見えないが
地図上でルートを振り返ると、あのとき渡ったあの橋は、
この方向に架かっていたのか、などと改めて気づいたりする。
そういえば、江戸時代の地図は常に江戸城が上に来るように
描かれていたようだが、地図は北が上、という発想の転換には
相当の葛藤があっただろうということが想像される。

ウォーキングの後は、3時間の飲み放題ののち解散。
翌日まで疲労が残るかと思ったが、そうでもなく
でも腰にやや違和感があったので翌日のレッスンは休むことに。

昔はみんな歩いていたのだから、伊能忠敬とまではいかなくても
年に2回くらいは江戸を感じながら歩きましょうという
リーダーの提案にしたがって、私の目標は
もっといい写真スポットを見つけることにおくことにする。
このアプリ、便利なのはいいのだが、
電池の減りがめちゃ多いのだけが難点なのだ。

ERテレフォンクリニックウェブサイト: http://homepage2.nifty.com/er-telclinic

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