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2012年6月17日 (日)

ゲンスブールと掌劇場

『ゲンスブールと女たち』という映画はWOWOWでの放映を
録画してあるのだが、家だとどうしても落ち着いて観られないので
ギンレイまで行くことにする。
ほんとうは『人生はビギナーズ』が本命だったのだが、
映画の出来は『ゲンスブール・・』の方がよく、
得したような損したような妙な気分である。

『ゲンスブール・・』が、イマジネーション豊かな
フランスらしいおしゃれな映画に仕上がっているのは
ひとえにゲンスブールという人の才能によるところが大きいだろう。
絵にも音楽にも才能を発揮するような多才な人間はそうはいない。
若いころ耳にした、醜男という評価には当たり前に納得していたものだが、
今になって観ると、それは単なる錯覚だったようにも思える。
時代が味わい方を知らなかったという方が当たっているだろう。
そこはジャン・ポール・ベルモンドなんかにも通じるところがある。

彼がユダヤ人だったとは知らなかったが、
それが彼の反骨精神を養ったのは確かだろう。
こども時代に、しっかり人種差別を経験していることは
映画でも描かれているが、それにつぶされなかったのは
フランスという環境のなせるワザだったのか、彼自身の強さだったのか。
ジェーン・バーキンとの
「ジュ・テーム・モワ・ノン・プリュ」がどのくらい問題作だったかは
当時を思い返すとよく理解できるが、当時の感覚で言えば
フランス語なんて分からなかったから、正直ピンと来なかった。
では今聞いてみてどうかと言えば、多少過激という程度で、
それは単に私が年を取って経験を積んだから、というわけでもなく、
そんなことは問題にならない時代になってしまったからである。

むしろ今でも問題作だと言えるのは「祖国の子供たちへ」の方だろう。
なにしろフランス国歌のレゲエバージョンである。
改めて字幕付きでこの国歌を聞くと、この国の国歌は
まさに戦意を鼓舞する歌だったと分かる。
それがレゲエになって、明らかに揶揄されている。
「君が代」の軍歌バージョンなんて平和なものである。
この戦意高揚歌をこどもに贈るという発想は今だって相当過激だろう。
実際、この曲によって彼は右翼から狙われた。

ゲンスブールの反骨に似ている感じがするのが田中慎弥氏である。

『田中慎弥の掌劇場』は、倉橋由美子ほど幻想的で非現実的ではなく
現実のどこにでもありそうな生活を描きながら、さりげなく怖い。
たとえば「うどんにしよう」は、平和で平凡な、どこにでもあるような
長閑で明るい日であり、ああ、こういう日ってあるなあ、と思わせる。
家族を送り出してひとり野球の中継を見ている男が
昼飯はうどんにしようと思い立って開けた冷蔵庫には
密封容器に入れたハンバーグや残り物のカレーにまじって
ラップで包んだ人の手首がある。
この「人の手首」という文字が目に入ってきたときには
誤植じゃないかと何度も読み直してしまった。
なんでここに「人の手首」が?
あまりにさりげないために、これを異物と感じる自分が、
ひょっとしたら変なのかもと思わされてしまうのである。

「君が代」も、ほんとうは相当に過激なのかもしれない。

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2012年6月 1日 (金)

最強の味方を育てるフィードバックシステム

7月に北九州で開催される小児診療多職種研究会での
演題の抄録を書き終えて送信する。

タイトルは先方がつけてくれた
「休日・夜間小児電話相談」という仮題に
~最強の味方を育てるフィードバックシステム~
というサブタイトルをつけたものにする。

味方とは誰にとっての味方かといえば
もちろん医療者にとっての味方である。
じゃあ、味方とは誰のことなのか。
それは(たぶんすぐわかると思うが)当日のお楽しみである。

まったく、この仕事を始めた当初は戸惑うことばかりだった。
思い出すと腹が立ってしかたがないので、
腹の虫を治めるために、今のうちにここで発散しておくのだけど、

医者でもないのに、診療時間外に相談を受けるなんて
身の程知らずという冷ややかな目。
そういえば、医者でもないのに「クリニック」はどうなんだとも言われたっけ。

あいつにできるなら、医者や看護師にできないはずはないという態度。
これは実は看護師からも伝わってきた。

当然医者がするべきだが、そんなに難しくないから看護師でも充分という声。

そして挙句の果ては「受診の要不要」をトリアージする
という目的を掲げた小児救急電話相談である。
能力もないのに資格があるというだけの税金の無駄遣い。

どこでボタンを掛け違えたのだろうと思いつつ
ずっと相手の言い分に耳を傾け、考え続けて、
(時間がかかりすぎだが!)
やっと分かったのは、どうして電話相談が始まったか、
そこで何が、どういう風におこなわれてきたのか
ということが、医療界には全く理解されていない
ということだった。

何かみんな知っている風に自信ありげに発言するので、
すっかり見誤ってしまったのだが、実は何も知らなかったのだ、
というか、知らないということさえ知らなかったのだ!

研究会ではたっぷり時間をいただいているので、
その辺のこと、つまり
なぜ、小児科開業医の時間外に電話相談が必要なのか、
ということを丁寧に、きっちりと話したいと思う。

いつも物議を醸すようなことを言ってしまうが、今回もきっとそうだ。
まったく我ながらへこたれない人間だと思うが、
お釣りの人生は社会に貢献することに決めたのだから、これはOKである。

でも、こういう機会をいただけたのはありがたいことではある。
というか、こういう機会を私に提供してくれるところに
医療界の賢明さ、懐の深さを感じていないわけではない。
こういう機会があるおかげで、データをまとめることができるし、
そこから何を引き出してくるのが有用かということも考えることができる。
考えをまとめる過程で、どういう風にデータを管理し、
これからどう活用していけばいいのか、ということも見えてきた。
声のやりとりである電話相談の内容を活字で表現することの
限界というのはあるが、これはいずれ解決できるだろう。

しかしそれにしても、まとめてみて分かったのは
結局、医療界はこれまで患者には
ほとんど関心を払ってこなかった、ということである。
病気にはたしかに深い関心を持って取り組んできただろう。
でも、患者には?である。

ポリオの不活化ワクチンの騒動を見れば
「ピンポン」のペコじゃないけど
「見失ってるよねー」である。まったく。

でも、何かが動き始めていることだけは確かだ。
私の目の黒いうちに、それが見えてくるだろうか。

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