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2012年7月23日 (月)

遅い成熟

澤口俊之氏の女性セブンの記事
「成長を遅らせることで高度な脳機能をより発達させるとの分析」
は興味深い。
氏はこんな風に述べている。

 子供の成長の早さは、どんな親にとっても気になるものです。
小児科学や発達心理学でも「成長の目安」があり、
最初に歩く年齢(月齢)や最初に言葉を発する年齢(月齢)などが
タイムテーブル化されています。
そして、このタイムテーブルよりも発達が遅いと、
「問題があるかもしれない」と考えられる場合があります。

 ですが実は、人類進化や脳科学からみれば
「子供の成長は、早ければいい!」というワケではありません。
そもそも、人類の成長速度は遅くなる方向に進化してきたのです。
人類に近縁な化石人類・ネアンデルタールと比べても、
現生人類の成長速度は遅くなっています。

 ネアンデルタールと現生人類の遺伝子の違いは
わずか0.5%でしかありませんが、成長速度は、彼らのほうが
私たち現生人類よりも1.5倍も早かったというデータがあります。

 また、彼らは言葉や芸術(絵画)を駆使し、道具も使用していたため、
かなり知能が高かったといえます。
ところが、彼らは2万~3万年前に絶滅してしまいました。
ネアンデルタールよりも学習能力や知能が高かった現生人類に、
生存競争で負けてしまったのです。

 この観点からみると、現生人類においても、
むしろ成長速度が遅いほうがより優れた能力を発揮するようになる
という推論が成り立ちます。
脳レベルでも、進化的に新しくて高度な働きをする脳領域
(特に前頭前野、後部頭頂野、側頭野)の成長は遅いことがわかっています。
前頭前野が成熟するのは25才ごろです。
つまり、現生人類は、成長を遅くさせることで
高度な脳機能をより発達させるように進化してきたといえるのです。

※女性セブン2012年8月2日号
http://news.nifty.com/cs/item/detail/postseven-20120723-130658/1.htm

「成長を遅らせる」というと、成長は人為的に遅らせることができる
という風に聞こえるが、もちろんそうではなくて
成長が遅いことによって脳機能は、よりよく発達する
というのが氏の言いたいことだろう。

現代社会は「遅い」ということを異常に嫌っているのではないか
というのは、ずっと以前から感じていたことである。
「できる」という言葉が、まるで「早い」の代名詞に聞こえることがある。
学校では早熟な子どもが、しばしば高い評価を受けるし
理解が早いこと、反応が早いことが評価の大部分を占めている感じがする。
その結果、それ以外の部分はきちんと評価されないまま子どもは育つ。
そのことがさまざまな問題の根底にあるのではないか。

大津のいじめ問題にしても、この中学校が文部省のモデル校だったと
いうような「大人の事情」を抜きにすれば、
問題がいじめる側にあることは明らかだろう。
加害者のこどもも親も、自分の行動を悪だと認識していたことは、
加害者のひとりがさっさと転校していることからも分かる。
少なくとも、親も含めて自分の行動に問題があると考えているから
それが引き起こすさまざまな影響を想像し、そこから逃れようとしたのだろう。
この首謀者の子は学業は大変優秀だったらしいが、
それ以外の倫理観のような部分は成熟しておらず、
親もそのことをちゃんと認識できていなかったのだと思う。
というか、親も倫理意識は希薄だったと言うことかもしれない。

もちろんいじめはおとなの社会にもふつうにあるから、
大人だからといって必ずしも充分に成熟しているとは限らないが、
こどもの育ちの評価ポイントが、一面的、言い換えれば
成果として早く見える部分でしか評価できていないということが
いじめの根底にあることは確かなような気がする。
道徳教育よりも、何を評価するか、という方が大事だろう。

ERテレフォンクリニックウェブサイト: http://homepage2.nifty.com/er-telclinic


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