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2012年7月10日 (火)

「自分という専門家」を活用する医療へ

土曜日は、消費生活アドバイザーの更新研修のあとディペックスの合宿へ。

更新研修は「放射線のはなし」と「ソーシャルビジネスの展開と課題」

「放射線のはなし」はよくまとまっていて面白かったが、
なんとなく心配ないということを強調するための根拠説明
といった感じがしなくもない。
それはそれでいいのだが、基準値や根拠といったものが
そのつど暫定的に定められているとすれば、
心配ない(恐れるに足らず)という結論も暫定的なものでしかない、
という感じはする。
まあ、それはそれでいいのだけど。
人間は1秒間に7000ベクレルの放射線を出しており
筋肉が多ければ多いほど放出する放射線も多い、
というのは へぇー だった。

「ソーシャルビジネスの展開と課題」は、
むしろこっちの方が期待していた講義だったのだが
なぜソーシャルビジネスという考え方が近年になって出てきたのか
というツッコミが足りなくて、いささか不満。
40年前からソーシャルビジネスの先駆けで仕事をしてきた者としては
むしろ時代の流れの中で、それが見え方にしろ内容にしろ
どう変わってきたかを知りたかった。
受講者のほとんどが現役の企業人だと考えると
こういう内容の講義は、よほど吟味しないと評価に耐えられないだろう。

ディペックスの合宿は夜の勉強会から参加。
ジェローム・グループマンの『医者は現場でどう考えるか』をテキストにして
医療の現場の実情を考える。
医療者は常に自分の医療倫理が脅かされるような環境にいるわけだが
その中で、患者が自分の言葉で語ることの重要性を
どこまできちんと認識できるか。

翌日の午前中は今年新しく運営委員になった松繁卓哉さんの
『「患者中心の医療」という言説』をテキストに、
患者中心という概念がどう変化してきたかを辿る。
患者の側は、どうしても医療という専門性に引っ張られて
自分たちが生み出した知見を正当に評価できないことが多いが
「医者は病気の専門家」という考え方と
「患者は自分の専門家」という考え方を
どう融合させるか、というのが最終的な目標になるように感じられた。

それは来週、小児診療多職種研究会で
私が発表しようとしている内容ともよく重なっており
ちょっと心強い思いがする。
電話相談は、かけ手に対して「あなたの専門家はあなた」
と考えているわけだが、医療者にとって、この考え方は
まだ距離がありそうである。

午後は新秋津にあるハンセン病資料館へ。
ハンセン病に限らないと思うが、病の歴史は差別の歴史だと痛感する。
病をどうとらえるか、ということの発想転換をしないと
こういう悲劇は繰り返されるだろう。
ここには、ハンセン病患者の語りを視聴できる設備もあり、
ハンセン病の歴史の映画を観たあとは閉館まで、それを視聴する。
「あなたにとって価値があると思うことを話してください」という
問いかけだけで引き出している語りが、自然体でとてもいい。

語る側にも聴く側にも、自分たちは何か立派なことをやっている
という自負が強すぎると、語りは非常に緊張感を孕んだものになってしまい
痛々しい感じさえするが、ハンセン病患者の語りは、
どこか突き抜けた感じがあり、それは語りを依頼する側が
その意義を「証言」として、ごくふつうに、
淡々と捉えているからではないかという気がする。
アカデミズムといった特定の価値観とは
無縁の所でおこなわれている仕事は、地に足が着いた安定感がある。

この土日は目いっぱいのイベントが詰まっていて
フェデラーとマレーの試合も見逃し、
自分の誕生日も吹っ飛んでしまって、
ちょっと疲れた週末だったが、なかなか充実していた。
今月は、こういう週末が連続してやってくる。
早く風邪を治さなきゃ。

ERテレフォンクリニックウェブサイト: http://homepage2.nifty.com/er-telclinic

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