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2013年7月16日 (火)

記録の効用

「小児保健研究」編集部より
昨年暮れに投稿した
「小児救急電話相談-患者との協働を学ぶ方法-」採択の連絡。
4年ぶりの掲載になるが、あのひどい一次稿を
見捨てなかった査読者に深く感謝。

西條剛史さんの「質的研究とは何か」アドバンス編は
自分がこれまで手探りでやってきた仕事を理論化してくれる
貴重で心強い本だが、その抄読会で、
今まで感じてきた論文の書き方についての疑問が解決でき
プロの研究者も同じようなことを感じながら論文を書いているのだ!
と分かったのは嬉しかった。
たとえば帰納的に得られた結果を論文にするときでも
あたかも仮説検証を目的としたかのように書かなければならず
そこにものすごく違和感があったのだ。

私の仕事は言ってみれば「こんなん出ました」ってタイプのもので
予測不能性、不確実性の極みを証明するようなものだ。
これは通常仮説生成的と言われるが、
そういうことに取り組んだのが早すぎたのか
学際的なために概念化が遅れたからなのか、
時代がまだ追いついていなかったせいもあって、
医療関係の学会誌に書こうとすると、いつも
あたかも最初に仮説があるかのように書くことを求められてきた。
これは研究者にとってはテクニックの範疇なのかもしれないが
私のような一般人には誰もそういうテクニックは教えてくれないから
しぶしぶ自分の違和感をなだめながら今まで適応して書いてきたのである。
だから抄読会で、ある先生の「まず査読者を読者と想定して書くのがコツ」
という意見には目からうろこが3枚くらい落ちた。たしかに!

誰が査読をしているかは通常投稿者には分からないが、
査読は著者名も伏せられておこなわれている、なんていうのも初耳だった。
でもこれは考えてみたら当然のことだ。
著者名が分かれば名前によって手加減するということだってあり得る。
有名人のコンサートを聴きに行ってありがたがるのとはわけが違うのだ。
公平な判断はブラインドでおこなわれてこそ可能ということだろう。

さて

日曜日はディペックスの総会とシンポジウムで東大一条ホールへ。
総会での別府理事長の「ディペックスの活動で医療を変えていきたい」
というコメントに勇気をもらう。理事長、本気でやりましょうね!
電話相談も話し手の語りを捉えるという意味では同型である。
ただ問題はそれを分析する手法が、まだ確立していないことだ。
シンポは認知症の語りウェブページオープンということで、
驚くほど参加者が多く、資料が途中で足りなくなってしまった。
乳がん、前立腺がんとがん患者の語りが続いたが、
今回は認知症という、病気の範疇に入れていいかどうか
微妙なテーマということで、医療というテーマの
幅の広さを感じさせ、イベントという観点からも成功だった。

そして

今日は朝から暑中見舞いの作成。
ネットで見つけたフリーのイラストに、
自分で作成した文面を載せて印刷する。
結構いい仕上がりである。
こんな風に何でも自分でできてしまえば
印刷屋さんが潰れるのも無理はない。
ふだんは暑中見舞いを送ることはないが
今年は年賀状をいただいても返事ができない状態だったので
そういう人だけを選んで送ることにしたのだ。
おかげで暮れから新年にかけて、自分がいかに危なかったかを
改めて振り返ることになってしまった。
「筆ぐるめ」は賢い年賀状ソフトで、誰に何を送付したか
全部記録できるようになっているのだが、
絶対に送っていないはずの人に送付済みの印がついていたりする。
本当に送ったのか、印付けを間違ったのか
厳密には真相は闇の中だが、
あのときどんな風に自分が壊れていたか
という冷厳な事実だけは記録に残っている。
ほんと、渦中にいるときは、人間何も見えていないのだなあ。

自分のためにも、親しい人のためにも記録は大事だ。
渦中から抜け出した時のために。

ERテレフォンクリニックウェブサイト: http://homepage2.nifty.com/er-telclinic


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