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2013年12月 3日 (火)

確信

今年の正月、突然のアクシデントでご迷惑をおかけした
クライアントへ、お詫びとしてシュトーレンを送ることにする。
これは毎年お歳暮として送っていたもので、
契約を終了した今は、もう送る必要はないのだが、
ずっと喜んでいただいていたので、最後のご挨拶として
お詫びの気持ちを込めて送ることにしたのである。

個別に送るより単価が驚くほど安いので
例年はまとまった数量が入っているパックをまとめ買いし、
自分で小分けにして宅急便で送っていたのだが、
今年は送り先が減ったので数量の少ないパックに変えたところ、
包装が省略された状態で来てしまい、ちょっと慌てた。
今まで少ないパックは買ったことがなかったので分からなかったのだ。
パックの数量によって個別包装されたりされなかったりする理由は不明なので、
単にメーカー側のコスト削減とタイミングが合っただけなのかもしれない。
なので、以前使った透明な包装紙が残っていたのを思い出し
今回はそれで包んで送ることにした。
透明な包装紙だと可愛らしい箱がそのまま見えるのもいい。

包装作業をしながらいろいろ思い出すことがあった。
初めてシュトーレンを送ったときは、すでに個別包装された物を
そのまま宅急便で送るのもなぜかちょっと気が引けて、
もう1枚何かで包んだほうがいいかもと透明な包装紙を購入したのだが
つるつる滑るこの紙で包むのはなかなか大変な作業で、
その頃からめまいや疲れもひどく、ちっともうまく包めない
ことにも腹が立ち、最後はやけくそになって
もう、どう思われてもいいや、と諦め
下手な包み方のまま発送してしまったこともあった。

メーカーがサービスで添付してくれる封筒に入ったカードを
どうやって同梱するかとか、カードに一筆書くかどうか
といった些細なことでも毎年試行錯誤していた。
カードは大きくて、しっかり包装された中には後から挿入できず、
だからといってカードを箱の上側に貼り付けると、
宅急便の宛先を裏に貼らねばならず
箱をひっくり返さなくてはならないのも違和感があった。

今から考えると、上手く包めなかったのも、いいアイデアが出なかったのも
疲れのせいか、あるいは腫瘍のせいで一時的に
認知がおかしかったのかもしれないと思うが、
最終的に箱の上面に一筆書いたカードを入れた封筒を貼り
透明な包装紙で包んで送るという形に
落ち着くまでの道のりといったら!

今年は箱にカードをじか付けし、透明な包装紙で包んでコンビニに持って行った。
親しい店員は「このまま送っていいの?!」と違和感たっぷりだったが
宛先を下側に貼る必要もなく、天地を逆さにしないように、
というシールも貼ってもらって無事発送できた。

そんな経過を思い出しながら確信を得たのは
人は決して他者の内心を理解できない、ということである。

こんな些細なことはほとんど誰にも話さないから
人がどのような苦労の末に、日常生活で何かを決め、結論を得ているかなんて
普通は誰にも分からないだろう。
まして自分にだって、あのときどうしてあんなにいろいろ考えても
すぐにいい結論に辿り着けず試行錯誤を繰り返したのか
なんて分からないのである(単にバカだっただけかもしれないが)

小児救急電話相談員の研修をやっていて、違和感があるのはここである。
彼らは他者の内心は努力すれば理解できるという前提に立っているから
言語を使えば理解可能だと考える。
早い話が、何でも言語化できると考えているのだ。
もちろん問題は「症状」だけを問題にしているからだが、
ここに模擬患者によるロールプレイの限界もある。
でも、これは研修する側にもまだちゃんと理解できていない。
そもそも対面のコミュニケーションだって
言語以外の情報収集に頼っているのに
そのことは意識化されていないから、電話ではこの問題はさらに見えなくなる。
これは論文には書いたけれど、どのくらい医療者に理解されただろうか。

来年の#8000北海道の研修で、どこから入ればいいか分かった。

ERテレフォンクリニックウェブサイト: http://homepage2.nifty.com/er-telclinic

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