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2014年2月28日 (金)

医療の民主化

ソチ五輪も終わり、日本は春に向かう三寒四温の日々。
ベランダのチューリップも開花準備万端である。
腰が怪しいこともあり、レッスンを休んで
ららぽーとシネマへ『大統領の執事の涙』を観に行く。
今年のアカデミー賞の発表も楽しみだが、
この映画は賞とは関係なくリストアップしておいたもの。

映画はホワイトハウスの歴代大統領のエピソードを織り交ぜながら
(品のいいロビン・ウイリアムス!品性の悪そうなジョン・キューザック!)
人種差別で虐げられてきた黒人が
長い道のりを経て人権を勝ち取っていくさまを
政治と絡めながらコンパクトに見せてくれる。
バネッサ・レッドグレーブ、ジェーン・フォンダ
という人権派も出演しているのが嬉しい。
2つの顔を持て、相手の心を察して振る舞え
なんて、まるで日本人の処世術みたいだが、
日本人がどこかアフリカ系黒人と通じるところが
あるように感じられるとすれば、日本人もまた
民主的であることをどこかで避けようとしてきた歴史が
あるからからかもしれない。
そういう処世訓を忠実に守って生きてきた父親と
民主主義は自分で勝ち取らなくては手に入らないと
考える息子の対比が物語の骨子になっている。
不器用そうなフォレスト・ウイテカーが、
いつかお盆をひっくり返すんじゃないかとハラハラしながら
さて日本人は、こんな風に権利に敏感に、貪欲に
生きてきただろうかと考えさせられる。

というのは

電話相談は相手(かけ手)の主体性を
最大限尊重するためのものだが
小児救急電話相談で相談員である医療者にとって
もっとも難しいのが、かけ手である一般人の主体性を
尊重するということだからだ。

健康小話というブログでは、これを
「医療の民主化」と表現している。
http://tommy.asablo.jp/blog/2013/11/28/7079612
電話相談はまさに医療の民主化をめざしているわけだが
相談と指導の区別がついていない医療者は、
なかなかそこが認識できない。

ブログによれば「医療の民主化」とは佐久総合病院の院長だった
故若月俊一先生が始めた運動だそうである。
若月院長は60年かけて佐久でこの運動を達成しようとした。
でも最後の記念講演で、2-3割しか達成できなかった
と述べたそうである。

その理由は

「医療の民主化は医療だけではできない。地域が民主化しなくては
医療は民主化できない」からだった。

若月院長を師と仰いでいた現NHK厚生文化事業団事業部
チーフプロデューサー川村雄次氏によれば

「医療の民主化とは、自分たちの問題を自分たち自身でとりあげ、
自分たち自身で解決の道を探れるようになること」である。

それはまさに電話相談がおこなってきたことである。
自分で問題を見出し、それを解決しようと自分から電話をし相談する。
自分の生活の中でどう解決できるかを探るためである。
ところが医療者は医療(機関)において
問題解決をしているのは自分、という自負が強いから、
つい電話でもそれが出てしまう。
問題解決の権利を相手に委譲してしまうと
自分の存在価値がなくなってしまうと思ってしまうのだろうか。
このあたりは黒人の権利を認めることは
自分たちの権利を侵害されることだと考えていた
白人の心理に似ているかもしれない。

ブログでは、「医療の民主化」には本当の意味での
”住民参加”が必要であり、それはシェリー・アーンスタインが
示した8段階の「参加のはしご」の最上段
「住民によるコントロール」つまり「住民主体」に
到達することだと説明されている。

そしてこの”住民参加”のはしごを上るために
医療には新しい定義が必要になる。

つまり

「医療とは人がその人らしく生きるために医術で病気を治すこと。
ただし治らない病気の時はその人がその人らしく最期まで生きられるように
寄り添い支えること」というものだ。
これは医療の目的について再考することでもある。
病気は治せても、その人らしさに寄り添うことまでは
手が回っていないのが今の医療だからだ。
電話相談はかけ手がその人らしく生きられるように
寄り添い支えるためのものでもあるのだ。

しか~し、どうやったら医療者にそこを理解してもらえるだろうか。
でも道のりは長いかもしれないがきっといつか達成できるだろう。
『大統領の執事~』でだってオバマは大統領になったのだし。

ERテレフォンクリニックウェブサイト: http://homepage2.nifty.com/er-telclinic

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2014年2月17日 (月)

おおかみ男の父を超える

ソチ五輪満載のテレビで運よく『おおかみこどもの雨と雪』を観た。
アニメはふだんは敬遠してほとんど観ないのだが
あまりに観る番組が乏しいので、ま、いいかと
チャンネルを合わせたのだが、これが予想外にアタリだった。
細田守監督、今まで知らなくてゴメンナサイ。

この物語の根底に流れているのは、おおかみ男とヒトの間に
生まれたこどもたちの、自分は何者?という自我獲得物語だが
それを静かに見守る母性も色濃く描かれる。
これはたぶんに原作者の理想の反映と思えるが
この強い母性はおおかみ男を伴侶とすることも厭わなかった
積極的で確固とした女性性があってのことだろう。
でも、その後の苦労は子どもを育てながら生活を
したことのある人であれば容易に想像がつく。
アニメはそのあたりはラッキーの連続である。
ま、アニメだし。
一方でおおかみ男である父は早い段階でいなくなる。
彼がなぜ早い段階で亡くなったのかは、あまり語られないが
ここにも原作者の思いが表れているように思う。
つまり男というのは生きた証しさえ残せれば
早々とこの世から消えていくものだ、という諦念である。
男にとっての生きる目的は自分の証しを残すことで
それは瞬間のできごとでしかない。
それがどんな形をとるかは人さまざまということなのだろう。

NHK Eテレの『日本人は何をめざしてきたのか』は
その一端を見せてくれているように思う。
これは久々に見応えのある番組だった。
どんな会長がアホでも、現場はスマート(賢明)でいてほしい。

青森県むつ市の初の原子力船寄港に始まって
六ヶ所村の核燃料再処理施設建設に至る下北半島に
地域振興政策がもたらした結果を淡々と描いて印象に残る。
札束で頬っぺたを引っ叩くような政策に翻弄され
生活の生業の場と引き換えに大金を手にした結果の豪邸も
想定通りにいかない経済の流れで寂れ果てる。
誰もその責任をとってはくれない。
未来を読むことなんてできないから、その日その日を大事に
しながら生きるというのが、この日本という地に住む人が培ってきた
生きる知恵だったはずだが、祭りについ舞い上がってしまう
特性もあって、時としてそういう地道さは忘れられてしまう。
再処理事業を止めるなら、処理済み核燃料の保管受け入れは拒否、
という六ヶ所村の決断は見ているこちらに
「当然だよな」と思わせて痛快である。
恩恵だけを受けて、ゴミ(廃棄物)には感知しないという
自分勝手な態度は強烈なパンチを食らっているのだ。

そもそも日々の生活では必ずゴミが出る。
特別に美味しいものを食べなくても
人は食べ物を口から入れて肛門から毎日屁やウンチ、尿を出している。
ツイッターで微分化しなくたって、毎日細胞は入れ替わり
生と死を絶え間なく再現している。
私たちはそれを意識できていないだけだ。

原発という一夜の夢にも似た生きた証しが欲しかった人たちは
廃棄物というゴミのことを考えることができなかった。
彼らには生活(生きるということ)がどういうものか
分かっていなかったからだ。
そういう彼らから何を得て、どう超えていくのか、
それが残された私たちにとっての課題だ。

ERテレフォンクリニックウェブサイト: http://homepage2.nifty.com/er-telclinic


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