2011年1月13日 (木)

『マイ・バック・ページ』

暮れから体調がいまひとつすっきりしないので、
ホットカーペットの上でゴロゴロしながら、
カタログハウスから送られてきた「通販生活」に目を通す。
ときどき大きな買い物をするので、そのたびに
しばらくカタログを送ってくれるのだ。
いつも「後で読もう」と思ってそのままになってしまうのだけど
今回は後回しにする元気がなくて、
おかげでゆっくりのんびり目を通すことになった。

川本三郎さんと落合恵子さんの対談が載っている。
川本三郎さんが新聞や雑誌に書かれた文章は読んでいるが
今まで特別に気に留めたことはなかった。
映画は好きだが映画評論にはそんなに関心がなかったからかもしれない。
でも、この対談で初めて川本氏が大学卒業後、
朝日新聞に入社し、しかも3年で懲戒免職になったことを知った。
そのことを綴ったのが
『マイ・バック・ページ』~ある60年代の物語~という本である。
対談を読んでいるうちに急に、川本氏が朝日に入社し辞めるまでの
あの時代を振り返ってみたくなり、図書館で借りて読み始めた。

当時の私は、大学入学時に判明したある私的な問題を消化するのと
やむを得ずの独り暮らしに慣れるのに精一杯で、
大学紛争に浸かっている余裕は全くなかったが、
身近にあの熱気のようなものを感じることはできた。
今風に言えば、うざいほどの東大生はまわりにうじゃうじゃいたから
あれが政治行動ではなく思想行動だった、という表現はとても腑に落ちる。
川本氏が

なにか具体的な解決策を探る運動というより
「お前は誰だ?」という自己嫌疑を続けることが重要だったのだ。ー略ー
現実レベルではあらかじめ敗北が予測された運動だった。

と書いているように、おそらく無意識に敗北は予想されていたのだろう。
実際、東大生たちとのセツルメント活動に夢中だった同級生のほとんどは、
その後どうということはなく、ふつうの専業主婦になってしまい
ただのノンポリだったこちらの方が拍子抜けしてしまった。
思想行動にさえ至っていなかった連中が大半だったのだろう。

川本氏は、そういう時代の中で入りたかった朝日新聞に一浪までして入社し、
ジャーナリストのあり方を自問しながら、運動家と職業人の間で
宙吊り状態のまま、ある男に裏切られる格好で朝日を懲戒免職になる。
それはひりひりと痛々しく、後悔に満ちた年月だけれど
「これが若さだ」と賞賛したくなるようなまぶしいものでもある。
ほんとは、映画や演劇やジャズが好きで文化部配属が嬉しかったのに
異動とともに、やっぱりメインステージに惹かれて政治ネタを追いかけ、
それに手ひどい仕打ちを受けて挫折する。
こんなのは若いときじゃなければできない経験だろう。

現代に比べて、あの時代は誰もが無防備だったような気がする。
誰もがまだまだすれておらず、直情的で(ノンポリさえも)
だまされやすかったんじゃないか、という感じさえする。
そんな中で、川本さんをだましたKという男の自己顕示欲は極めて現代的で、
そういう意味では時代は何も変わっていないとも思うが・・。

『マイ・バック・ページ』の初版は1988年だが、
20年経って妻夫木聡主演で映画化されることになり、
今年5月に公開予定だそうである。
60年代というあの時代が、21世紀の今、というメガネで
どのように見えてくるのか楽しみである。

ERテレフォンクリニックウェブサイト: http://homepage2.nifty.com/er-telclinic

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