2015年4月25日 (土)

男と女のファンタジー

同世代の人たちとの交流は話が通じやすく楽しいが
時々あまりの感性の違いに戸惑うこともある。
世代が違う人との感性の違いは当たり前と思えるが
同世代は何となく似ているはずという思い込みが
こちらにあるからだろう。

ギンレイで観た『滝を見に行く』の感想もそうだった。

A氏はこの素人集団がハイキングで見せるおばさんっぽさが
現実の女性を思い出させてとても新鮮でリアルに思えたと言う。
山の中で彼女たちが枯葉の布団にくるまって
奥村チヨの「あなた好みの女になりた~い」と
歌いながら夜を明かすところは、「この歌しかないよな」と
ことのほか気に入ったみたいだった。

私はと言えば、この映画はリアリティ狙いで
作為的に素人を使ったところが見えて感心しなかった。
昼間吐く息が白く見えるような山の中で、
歌を歌いながら夜を明かすというのは、
エピソードとしては面白いかもしれない。

でも

バスハイクに出かけて添乗員とはぐれ、
道に迷ってしまったという軽装で
寒さに震えることもなく楽しく夜を越す、
という設定はどう考えてもウソっぽい。
監督はおそらく山歩きをしたこともあるはずだが、
昼間暖かくても夜は結構冷え込むのが山の天気だ。
女はこれほどまでにたくましく逆境に強い、
と言いたいのかもしれないが、
それならもうちょっと真実味のある設定にしてほしかった
というのが率直な感想だった。

まあ、映画なんだししょせんは作り話なんだから
目くじら立てるほどのこともないのだが、
男のファンタジーから相変わらず抜けられないのだな、
とちょっとがっかりだ。
お互いツアー客という見ず知らずの出会いでも、
助け合い励ましあって事態を乗り切ってしまうのが
女性だと言いたいのは分かる。
でもそれはあまりに日常的な事実なのだ。
同性にとっては当たり前すぎて面白くもなんともない。

だからやせっぽちのりえちゃんが
自分に近づいた若者に何の見通しもなくのめり込み、
プリンターまで購入して公文書を偽造し横領に走る
『紙の月』の方が、なんだかリアルに感じてしまう。
これが女のファンタジーというものなのかもしれない。

もっともこういう女性心理が育った背景については
もう少し丁寧に掘り下げてほしかった。
ウソでも慈善ならOKってところからどうして
抜け出せなかったのか、はこの映画のキモのような気もする。
『ゴーン・ガール』のような女性心理の必然性が描けないのは、
単に日本人の監督に力量がないのか
それとも日本人観客の限界なのか。
芸術を育てるのは観客なのだから。

とはいえ、名門高校から名門私立大学を経て
一流企業の高い地位まで上り詰めて定年退職した
A氏の感性は、案外日本人男性の普通なのだろう。

性差と教育環境が感性を育てる、
という事実はもちろん自分にも当てはまる。
世の中へ出てみて、初めて自分の異質がよく見えた。

そして秋篠宮家の長男がなぜ我が校を選んだのかも
わかった気がした。

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2012年5月23日 (水)

第2回ぶらくらぶ東京

三社祭りの中日、BC東京(ぶらくらぶ東京)と名づけたウォーキングサークルの
仲間たちと浅草から門前仲町までの散策を楽しむ。
しばし浅草寺で神輿を楽しんだ後は、隅田川に沿って南下。
厩橋を渡って旧安田庭園跡、東京都慰霊堂、江戸東京博物館、
回向院、吉良邸跡を見学、芭蕉稲荷公園から一般開放されている方の
清澄庭園で一休みし、深川不動尊、富岡八幡宮で終了である。
赤坂ー麻布ルートのようにはアップダウンがなかったこともあって
距離は前回とほぼ同じだったが、比較的疲労は少ない。

歩いてみると、場所だけでなく知らないことも沢山あることが分かる。

慰霊堂のあった横網公園には、陸軍の被服廠があったが
関東大震災の際に多くの人々が家財道具を持って逃げ込んだために
火事で38000人が焼け死んだと言われる。
この数はサッカー観戦でも結構な多さに入るだろう。
つくづく逃げるときは身一つ、津波のときはてんでんこが肝心と思わされる。

隅田川は大きな川だと思っているが、荒川の方がずっと大きいとか
(実際地図には荒川という名前は見えても、
縮尺によっては隅田川という文字は出てこなかったりする)
江戸の頃はお寺も神社も混在しており、(仏教と神道は分離していなかった)
浅草寺のようにお寺の守り神として浅草神社が境内にあったりする。
三社祭りというのは、浅草寺境内でおこなわれる浅草神社のお祭りなのだ。
こういういい加減というか、無境界な感じというのは実に好み。
自分の中には近代より古代が強く息づいていることが分かる。

江戸時代は川が物流の要だったこともあって、川の流れを変える
治水工事はあちこちでおこなわれていたようで
橋を架けるか架けないか、ということにも戦略があった。
浮世絵に出てくるような太鼓橋は、歩く側からすると
非常に歩きにくい感じがするが、構造的には
この形がもっとも強度が強いそうである。
でもできるだけ渡らせないという思惑もあったのではないだろうか。

今はスマートフォン用の便利なアプリケーションがあって
歩いた跡を地図上に記録して、途中で撮った写真も貼り付けてくれる。
http://www.everytrail.com/view_trip.php?trip_id=1584876
ウォーキングの最中はミクロの次元でしか見えないが
地図上でルートを振り返ると、あのとき渡ったあの橋は、
この方向に架かっていたのか、などと改めて気づいたりする。
そういえば、江戸時代の地図は常に江戸城が上に来るように
描かれていたようだが、地図は北が上、という発想の転換には
相当の葛藤があっただろうということが想像される。

ウォーキングの後は、3時間の飲み放題ののち解散。
翌日まで疲労が残るかと思ったが、そうでもなく
でも腰にやや違和感があったので翌日のレッスンは休むことに。

昔はみんな歩いていたのだから、伊能忠敬とまではいかなくても
年に2回くらいは江戸を感じながら歩きましょうという
リーダーの提案にしたがって、私の目標は
もっといい写真スポットを見つけることにおくことにする。
このアプリ、便利なのはいいのだが、
電池の減りがめちゃ多いのだけが難点なのだ。

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2012年5月 2日 (水)

『粗忽長屋』

BC東京と名づけた街歩きグループ内では、
再来週に予定している東京散歩のための
準備情報で賑わっている。
今回は浅草を起点として門前仲町まで歩く予定だが
世話人はすでに事前のルート確認をおこなっており
別のメンバーは打ち上げの店を確保してくれた。

前回の赤坂―麻布ルートは最初の休憩が早すぎて
終盤はヘロヘロになってしまったが、今回はめいめいで
昼食をとることになっており、行程時間も前回より短いから
そんなに歩き疲れるということはないだろう。

目下の私の課題は、当日昼メシをどこで食べるかということ。
当日は三社祭の真っ最中で、どこも大混みだろうと
想像し、ちょっとはずれたところで、いかにも
浅草らしい食べ物にありつきたいと考えているが
お目当ての場所が駅からどのくらいの距離のところなのか
地図を見ても、まるで見当がつかない。
なんだか昼食確保の予行演習が必要な気がしてきた!

情報交換の中で、落語に強いメンバーのひとりが、
落語の『粗忽長屋』を紹介していたので
You Tubeで談志の英語字幕付きを聴いてみる。
才人と言われる談志の英語向け解説は
若干うるさい感じもするが、落語の筋立てはなかなか面白い。
前にも聴いたことがあるような気がするが、
前とは、ちょっと違った感想を持った(ような気もする)。

この落語はふつうに聴くと、生きているのか死んでいるのか
熊公本人が、よく分からないというナンセンスなオチが面白い話
ということになるが、生きているのか、死んでいるのかということは、
ほんとは誰にも判然としない、という話だと解釈すると
俄然哲学的な内容になってくる。
「おまえは、本当に生きていると言えるか」という問いかけは
よく突きつけられることもある問いだが、
これに胸を張って応えられる人は、そんなに多くはないだろう。

「たしかに自分は死んでいるが、だとしたら
その自分を抱いている俺は、いったい誰なんだろう」
というオチも深遠である。
酔っぱらっていなくたって、自分が何者かなんて、
なかなか分からないものに違いない。
アイデンティティというのは実はそんなに確固としたものでもない
ということは、年を取ってくると分かってくるものでもある。

でもひょっとして、熊公はほんとに死んでいて、
その熊公を見ていたのは、熊公の霊だとしたらどうだろうか。
この物語は、八っつぁんという生者と熊公という死者が
対話をしている物語だとしたら。
落語は庶民の現実の生活を映しているものだろうが
だとしたら、具体的な生活だけでなく、そこに漂っている
死生観のようなものも反映されていると考えてもおかしくはないだろう。
そこではきっと、生者と死者は今よりずっと近い関係に
あったのではないかと想像する。

その辺のことは、この落語を紹介してくれた当人に
今度の東京散歩のときに訊いてみようと思う。
突飛すぎて却下、ということになるかもしれないけど(笑)。

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2012年4月12日 (木)

賑わいでつながる世界

久々に渋谷へ出て、
『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』を観る。
ちょっと待っていればギンレイへかかりそうな気もするが、
急に今観ておきたいという気持ちになって、
調べてみたら、もうほとんどどこの映画館も終了していて、
渋谷シネパレスでしかやっていなかったのである。

相変わらず渋谷は若いエネルギーに満ちていて刺激的である。
ハチ公前に常時人が一杯いるのは、待ち合わせが多いというより
なんとなく、そこにたむろしたい人が沢山いるからなんだろうと想像する。
シネパレスの受付でチケットを先に購入し、街をぶらつくことに。
座席表はがら透きで、これで映画館は大丈夫なのか?
とちょっと心配になるが、スタッフは感じよく
映画館自体もこじんまりときれいで気持ちがいい。

映画は9.11で父親を喪った息子の回復の物語だが
そのプロセスにちょっとひねりが効いていて、よかった。
ものすごくうるさくて、というのは息子のことか、
などと考えてみるが、映画そのものはまだ咀嚼できていない。
この回復のプロセスは、仕事柄ちょっと関心があるのだが・・。

映画の前には西武の食品館を冷やかし、
ついでにZARAとFOREVER21にも入ってみる。
FOREVER21では780円なんて価格のTシャツを売っている。
500円のもある。
ほとんど古着屋価格だが、これが立派に新品である。
いかにも大量生産といった感じで、同じものが何枚もあると
あまり買いたい気分は起こらないが、価格に食指が伸びる
という消費者もいるのかもしれないし、
こうやって、どこかの国の誰かの生活は成り立ち
買う側はセンスを磨くチャンスを得ているのかもしれない。
お金で差異を買う時代もあったが、感性がとって代わったということか。
価格の差が決定的な差を生まないという印象は
年々強くなっている感じがする。
デフレが先か、感性が先かはニワトリと卵みたいなものだが
感性の勝負ということになれば、モノの価格は限りなく下がるだろう。
なんとなくユニクロが独り勝ちの理由も分かるような気がする。
安いと財布の紐は緩くなり、数をこなすと気づきも多くなる
というメカニズムはたしかに働いているのだ。

翌日はレッスンの後、みんなで仲間のひとりの息子が
パティシエとして勤めている汐留シティセンタービルの
「フィッシュバンク東京」http://www.fish-bank-tokyo.jp/ へ。
平日限定のスペシャルランチはワンドリンクつきで、
下戸にはきんきんに冷やしたノンアルコールのワイン。
オードブルもパスタもミートプレートも盛り付けが美しくすこぶる美味。
なかでも特別サービスのウニのフランは絶品だった。
新橋のような都心の高層ビル(41階)で、
この価格でこのランチは相当お得である。
雨風予報が出ていたので食後はまっすぐ帰宅。
お腹いっぱいで夕食は食べられそうにないので
簡単な夕食を息子と夫に用意し、私はオレンジジュース。

レッスンで身体は疲れているし、早く寝そうだなと思いつつ
WOWOWの番組表を見ていたら、ドゥダメルとハービー・ハンコックの
「セレブレイト ガーシュイン」というコンサートがあった。
途中で寝てもいいように録画予約をし、見始めたら
これが実にエキサイティングで、最後のラプソディー・イン・ブルーでは
興奮してすっかり目が覚めてしまった。
ドゥダメルとガーシュインというだけでもワクワクするが
冒頭のキューバ序曲、パリのアメリカ人と観客をわしづかみに
したところでハンコックが登場。
「エンブレイサブル・ユー」
「サムワン・トゥ・ウォッチ・オーヴァー・ミー」の2曲を弾いた後、
ラプソディ・イン・ブルーへ。
これが見事にジャズとのコラボになっていて、
ハンコックのガーシュインを満喫する。
もともとガーシュインは、ほとんどジャズと言ってもいいくらいだが
ハンコックのおかげで、ふつうのクラシックではとうてい味わえない
土臭さというか人間くさいリズムが加わり、
ガーシュインはきっとこういう世界を作りたかったのだろうなあ
とまで思ってしまった。

調べてみたら、ドゥダメルは2009年にロサンゼルス・フィルの
音楽監督に就任しており、ハンコックは1998年には
「ガーシュインワールド」というアルバムを出している。
今回のコンサートは当然と言えば当然の出会いだろうが、
しかしなによりも感激的なのは、こういうコンサートを
居間にいてテレビで鑑賞できることだろう。

こうやって賑わいながら世界はつながっていくのだ。

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2012年1月 1日 (日)

以心伝心

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今年の玄関飾りは安房のお飾り。
房総の村で年末に教えてもらいながら作った。
海辺の地方らしく、海老を型どっているようである。

大晦日の夜はアマゾンで3枚3000円で買ったDVDの1枚
『存在の耐えられない軽さ』を見ようとしたのだけど途中で挫折。
気分と内容が合わないのかも、と機会を改めることにする。

で、偶然チャンネルを合わせたBS朝日
「宮崎哲弥の大論争5時間スペシャル」が結構面白く
バイトから帰ってきた息子と最後まで見入ってしまった。
「朝まで生テレビ」は煽られている感じが
どうも好きになれないが、こちらは非常に冷静に
問題を論じていて好感が持てた。
民主党には大塚さんとか原口さんとか
頭脳明晰な人が多そうなのに、
なんでごたごたとまとまらないのか不思議だ。
トーク番組のよさは、断片的な情報をどうつなげばよいかが
見えてくるところにあるのだと思うが、そのためには
コーディネーターの力量もモノを言うということかもしれない。

まだ年が明けないのに宛先不明で戻ってくる年賀状がちらほら。
自分じゃきちんと管理しているつもりだったが、
住所録が訂正できていないみたいだ。
元旦まで待って返事を書けばよさそうなものだが、
それではちゃんと元旦に届くように出したことが伝わらないので
メールで住所を訊くことにする。
手元にあるのは職場のアドレスだけど、
当然自宅に転送されているはずである。
そうしたら即刻返信が。
「掃除が済んで机の前に座ったらメールが届いた。
大学が年末の停電になる寸前に届いたようだ」
とのことで、滑り込みで住所を入手する。
大学も休み中は停電なのか。
「いやあ、絆って運とタイミングですね(笑)」と書いて投函する。

去年は原発事故などもあって、SNSでもさまざまな議論や
情報交換ができ、人とのつながりを強く感じた年だった。
ネットとはいえ、双方向のやりとりができたのは
自分にとって随分勇気づけられることだった。
マスメディアの記事は、所詮マスメディアは何を発信したいか
ということしか分からないが、ネットでのやりとりは
顔見知りではなくても、個人個人が何をどう考えているか、
ということが分かるという意味で井戸端会議に似ている。
人間にとっては案外「みんな、どう考えているんだろう」
ということが大事なのかもしれず、
それは情報が得られるだけでなく、
つながっているという実感を求めているからなのかもしれない。
顔見知りとの濃密なつながりは、
時に鬱陶しかったり傷ついたりもするが、
顔も知らない人との適度な距離があるつながりは快適である。
現代人は昔の人よりはるかに傷つきやすいのかもしれず
こうしたさまざまな距離のつながりが精神的な健康
を保つうえで大事なのかもしれない。

学生時代の同窓会のようなノスタルジックな集まりは、
集団で時間を遡っているようで、どうも性に合わないが
昔の仲間でも、仲のいい誰か会ってゆっくりお喋りをするとか
新しく知り合った気の合う仲間とワイワイ騒ぐというのは
何か先に進んでいく時間を感じることができるような気がする。
今年は、そんな風に埋もれた遺跡を発掘するように
気の合う相手を発掘しては旧交を温める年にしてみようか。
何か自分はそうしたものを求めているような気もする。
誰かが言っていたようにそれが「疑似家族を作る」ということかもしれない。

「バルサ最高!メッシ絶好調!」と
書き送った大阪の友人から届いた年賀状には
「レアルがんばれ」と書いてあった。

疑似家族は以心伝心である。

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2010年12月30日 (木)

今年もそろそろ終わりです

1週間かけて厚労科研の小児救急電話相談研究会の原稿手直しを終了。
今年は年度始めに「電話相談の評価基準を決めましょう」
と提案し受理してもらったので、2カ所の相談録音を入手し、
分担研究班で実際に聞いてもらって
まずは電話相談についての基本的な理解を修正してもらった。
その後、100件近い相談録音を聞き、相談員が自己チェックできる項目を作成した。

研究会では私が参加する前から「電話相談マニュアル」なるものが作成されつつあり
誰もそれについて疑問を持っていなかった。
誰もが(主に医師だけど)電話相談の経験がなく、
それなのに(ここがすごいところだが)自分は電話相談を知っている
と思い込んでおり(マニュアル作成を申し出た先生さえも)
その前提で前へ進もうとするので話はどんどんこんがらがり、
しかもこんがらがっていることさえ気づいていない、
という喜劇的な状況が進行していた。
一昨年初めて参加した際は、理解のし方にかる~く疑義を唱えるだけに留めたが
誰も実態を知らないで「研究」と称するものをやるっていうのもどうかなあ、と思い
まずは現場の状況を把握しましょう、という提案までこぎつけた、というわけだ。
その結果は報告書が出たらお楽しみ、という状況だが
オマエの報告を「マニュアル」にも載せたいから、それ用に書き換えて
というご要望に応じて仕事をしたのである。
研究結果を「マニュアル」に載せるっていうのは変でしょ、と異議を唱え
分担班で議論して「マニュアル」ではなく「小児救急電話相談テキスト」と
改名しようということになったので、一応納得した上での仕事にはなった。

この#8000の研究会では、相談録音を聴いてやりとりを評価し
ディペックスの研究では、インタビュー録画を見てやりとりを評価する
というように、このところの仕事はコミュニケーション評価という点で共通している。
ここからどちらの方向へ行くか、自分の中で思い描くものはあるが
まだ道筋は見えていない。
とりあえず「テキスト」出版だけが決まっている。

週明けに送稿できたので、大掃除の前に年末の準備。
図書館に予約本を借りにいくついでにTUTAYAへ向かう。
去年の大晦日は『ノーカントリー』で大当たりだったので
味をしめて、この大晦日もDVDで映画を楽しむことにしたのだ。
もちろん仕事をしながら、だ。

1本は、『トレイター』-大国の敵-で、週刊文春で紹介されていたもの。
『トレイター』は日本未公開だそうだが、
ドン・チードルが出ているので見ないわけにはいかない。
立花隆さんと静岡がんセンター総長の山口建さんの対談が面白いから
と聞いて、ひさびさに買った週刊文春だったが、
池上彰さんとマイケル・サンデル氏の対談は、その上をいく面白さだった。
最近は週刊誌を買うことはまったくといっていいほどないが、
年末年始号はお買い得と言ってもいいのかもしれない。

もう1本くらいないとなあ、と同じ準新作の棚を眺めていたら
『アイガー北壁』というのが目に飛び込んできた。
これはたしか、今年一緒に遊んだ日比谷高校OBご推薦だったヤツだ。
「たぶん、そのうちギンレイにかかるよ」と言っていたが
このタイミングで出会えるとはいい年末になりそう、ということでこちらも。

日比谷高校OBの連中は、中学の同級生の友人たちだが
彼の定年退職で年4回の音楽会通いはなくなってしまった代わりに
サッカー生観戦、街歩きなどで、彼らと新たな遊びを
開拓できたのは今年の収穫だった。
ワールドカップで盛り上がり、そこからFC東京の生観戦へとつながり
ついにはそこで旧友と再会して、VIP席での観戦まで果たしてしまった。
あいにくFC東京はJ2降格となり、旧友は社長を退任することになったが
十数年ぶりに元気な顔を見られたのは何よりだった。
私にとっては彼が社長であろうと何であろうとあんまり関係がない。
彼もまた、きっと新たな活躍の場を手に入れることだろう。
自分の思いさえ見間違えなければ、どこにでも居場所というのはあるものだ。

日比谷のOBたちとは、サッカーを手始めに
12月には赤坂から西麻布というルートで路上観察ウオーキングをやった。
散歩やただのウオーキングは独りでもできるが、街歩きは仲間とやるにかぎる。
このときはリーダーが地図を持って歩いたが、
今後はなんとか歩いたルートを確認、記録したいと思っていたら
あるメーリングリストでGPSロガーというアプリが紹介されていた。
さっそく無料のアプリをiphoneにダウンロードして使ってみる。
「こんな所へ行きました」と、みんなに知らせたいと思う人が
こんなにたくさんいるというのも驚きだが、
これで次回の街歩きはばっちりである。

年末の大掃除とは、新しい出会いに応じて古いものを捨てていくのが
人生の妙味だと教えるためのものなのかもしれない、
と考えてみたりしている。

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2010年12月14日 (火)

漏洩

日曜日は同年代の仲間11人で
「ブラウォーククラブ東京(略してBC東京)」と称した街歩きに挑戦。
FC東京のサポーターになった記念に、次の企画のために命名したのだが
本家のチームの方は来期J2に降格することになってしまって
ちょっと残念ではある。

正午に赤坂の日枝神社を待ち合わせスタート地点とし、
まずは主要メンバーの卒業高である日比谷高校に侵入。
裏門から入り、エイリアンでも見るような在校生の目を尻目に
構内を横切って、ちこく坂と呼ばれる坂の上の正門から出る。
その後は赤坂の裏通りの坂の多さを実体験し、
乃木神社へ立ち寄ったあとは、乃木坂を上って六本木のミッドタウンへ。
その外周を回るようにして新国立美術館からヒルズへたどり着く。
そこから麻布十番へというルートで、さすがに少し足が疲れてくる。
でも、最終地として予約した西麻布のポルトガル料理店
『ヴィラ・マダレナ』が開くまで、まだ1時間くらいあるのだ。
見慣れた麻布高校(人間学アカデミーは、以前はここでおこなわれていた)の
前を通り抜け、中国大使館の前を通る頃は、辺りはすでに暗い。
ようやく西麻布の交差点に着いたので、
せっかくだから海老蔵事件で騒がれた例のビルも見に行く。
6階も11階も看板が出ていない、というところに
何やら胡散臭い事件の背景を感じる。
お忍び、とはこういうことを言うのだと実感。

開店10分前くらいだったが、店に入れてもらいやっと一息ついた。
休憩を1回含むとはいえ、8キロというのは結構な距離である。
大島駅伝での10キロウォーキングより疲れた感じがするのは
歩くことだけに専念しているわけではなく、
あちこちを見ながらペースを合わせてゆっくり歩いているからだろう。
でも、足で見る街は、なかなか面白かった。
ドッグホテルでは初めて見る犬種に出会い、
トラックが突っ込んだので、しばらく休業というレストランの
ベニヤの塀に、事故の大きさを感じ、
「紫芳庵」という料亭風の門構えの家に驚嘆し
楷書の元はカイという樹だと知ったりと、
ふだんは目に留めないような物にたくさん出合った。
こんな歩き方は決して一人ではできないし、
いろいろなメンバーがいてこそ、さまざまな感性が働いて
それが刺激し合って、また新しい感性が生まれる。

ウイキリークスが機密情報を漏洩する背景には
もちろん民主主義の高まりがあるのだろうが
こういう新しい感性への渇望というのも、
きっとあるに違いないし、表も裏も無化してしまいたい、
という透明化への志向というのもあるのだろう。

たとえばひところ騒がれた電車の中での化粧。
あれが物議をかもしたのは、本来隠れてするべきことが
人前でなされることへの抵抗だったのだろうと思う。
しかし化粧は今やこっそりするものではなく、
本を読んだりメールを打ったりするのと変わらなくなっている。
先日電車に乗り込んできたカップルの女性は、
相手の男の子に支えてもらいながらアイシャドウを塗り、
睫毛のカールに余念がなかった。
どうやら相手の男の子は、可愛くなった化粧の結果より
可愛くなる化粧のプロセスも含めて楽しんでいるようなのである。

化粧は表をつくる裏ワザなのではなく、
今や表と裏をつなぐ裏道みたいなもので
それをわれわれは街歩きと称して体験したと思えば
世代間格差も何もないということである。

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2009年11月28日 (土)

ふるさとの今

芸術祭の本番は、なんとか無事終了。
佐渡に流された流人の心情を表現した、この創作バレエ「望郷」で
私が一番好きなところは、内面の葛藤を表現している部分だ。
振り付けでこんな風に、人の心情を表現してしまうところに
先生の才能を感じるが、その振り付けをこなせる踊り手は必ずしも多くない。
踊りには技術だけでなく、心情の理解が必要で、
それには人生経験も求められるからかもしれない。
芸術祭では、同じ教室の若手が振付けた、
こどもたちのプログラムもなかなか見どころが多かった。
小さい時から訓練を受けているこどもたちは、
手や足の先まで基本に忠実で、それ自体が表現になっている。
でも先生も言うように
「下手をすると体操みたいになっちゃうから、
表現という部分では、まだ関わらないといけない」
体操みたいなバレエは多いが、そこに表現するものがなければ
踊りとは言えないのだろう。

翌々日はディペックスのインタビュアーへのインタビュー。
一番バッターは臨床心理士のSさんだ。
患者の語りを聴いているだけでは分からないことが、いろいろ見えてくる。
1時間ちょっとのインタビューを終えた彼女から
「うわあ、よくしゃべったなあ。インタビューを受けるってこんな感じなんですね」
という感想を聞き、何だか面映い気持ちになる。
ここからどんな成果が出せるか、まだ皆目見当がつかないが。

その2日後は前の会社の部下からの誘いで
表参道の『フェリチタ』でパスタランチ。
9種類の前菜と猪肉の入ったパスタが、なかなかgood。
今年2月に入ったという新人も交えて、昔話や仕事の話に花を咲かせる。
この会社には優秀な若手が沢山いたものだが、
派手だったり威勢のいい連中は、まるで一過性の台風のように
どこかへ去って行き、今まで残っているのは、
地味な、あるいは地道にやってきた連中で
それは私が評価していた人たちでもあり、よかったなと思う。
(別に私が会社の行く末を考える必要はないのだけど)
でも、どこでもそうだろうが、誰もがむやみに忙しそうで
疲れているみたいに見えるのは気の毒だ。

せっかく表参道まで来たのだからと、この日は原宿まで歩く。
表参道と明治通りの交差点は、30年前と同じように賑わっているが、
ラフォーレの前には大きなファッションビルが建ち、
その中に娘がときどき覗くという『はんじろう』という
古着屋があるので寄ってみることに。
このビルの3階と4階で店舗展開をしており、
つるされている服を見ていると若い連中の嗜好が分かって面白い。
古着なのに、同じ物が結構な枚数あるのは
買ったはいいけど、手放す人も結構多いということか。
まるでお金が流通するみたいに服が流通している
というのが、なんだか妙におかしい。
そのうち服も物々交換したらいいんじゃないかと考えたりする。
古着屋は地下にもあって、この『Kinji』という店で息子用のシャツを購入。

原宿は30年前からずっと通勤で乗り降りしていた街だけれど
今歩いていても、昔を感じさせないのは、
新しいビルが建ったり、古いビルがなくなったりして
街自体に、しょっちゅう新陳代謝がおこなわれているからだろう。
それにしても、そんな風に変化が激しい街の中にいる
自分に違和感がないのはなぜなんだろうと不思議な感じがする。
私の仕事は人が相手の仕事で、それが街と同じように
自分を常に「今」に留めておこうとしているからだろうか。
原宿というそういう街が、ふるさとになってしまったからだろうか。

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