2011年5月 3日 (火)

連休

今年の連休は4月29日から5月2日まで
久々に蓼科のセカンドハウスへ行ってきた。
数日前にも雪が降ったという情報があり、
寒さにちょっと気が重かったが、着いてみたらそうでもなく
ストーブを焚いていれば快適だった。

別荘地の中には新しい山荘もちらほら。

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おしゃれな車も止まっていたりする。

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なんだか今年は白樺の木肌の色がやけに美しい感じがする。
昨年の暑さが影響しているのだろうか?

今回、夫はベーコンづくりに挑戦するのだと
我が家でピックル液に漬け込んだばら肉を持参。
ほかにチーズとイカなども買い込む。
息子はちょっと前から凝り始めたウオッカベースの
カクテルのために、やれオレンジジュースだ、レモンジュースだ
(ほんとはライムジュースが欲しかったらしいが)とうるさい。

私は山で仕事をするために用意しておいた
ソフトバンクの通信モデムC01LCと、
ワンセグがどのくらい見えるかチェックするために
ソニーの風呂用テレビを持参。
ついでに文庫本を2冊。
ワンセグはNHKも含めて5局くらい映ることが分かる。
しかし、画像はきれいだが途中で突然止まったりもする。
アナログテレビは画像はメチャメチャ悪いが
止まるということはない。
どっちがいいか、ビミョーだ。

着いた翌日さっそく燻煙器を手製する。
といっても段ボールに肉を吊るす棒を2本刺すだけ。
あとは七輪の上の網にアルミホイルを敷きチップと
ザラメを混ぜておいて下から炭で加熱しているところに
かぶせるだけである。
塩漬けしたばら肉は2~3時間 塩抜きし、一晩外で乾かし
イカは現地で下処理して、やはり数時間乾かす。
チーズは肉を吊るす2本の棒の上に網を置き、その上に。

七輪に炭を入れてしばらくすると煙が上がり始める。
よしよし、と思ってしばらくすると煙が出なくなる。
チップが少ないのかと思いきや、案外火の持ちが悪い。
5時間くらい燻蒸するみたいだが、
火もチップも継ぎ足しながらやらないとダメみたいだ。
でもずっとついているいるというのもつまらないので
チップと炭をたっぷりと継ぎ足して
恒例の「ストーブハウス」を覗きに行くことに。

まずは「ストーブハウス」の向かいにある
「イル・ポルト」の遅い昼食を目指すことにする。
http://www.lcv.ne.jp/~ilporto/
いつも混んでいて、なかなか入れないのだが
今回は家族3人で運よく入れた。
それでも30分は待たされたが、なかなかおいしかった。
北欧料理、牧場料理など、お気に入りの店がだんだん増えてくる。
でも楽しみだった「ストーブハウス」の雑貨は、
あいにく原村店に移ってしまい、蓼科店はストーブ専門店になっていて、
これはちょっと誤算だった。

昼食後は新しい温泉を確認して帰路に。
帰ったらベーコンができあがっていた。
ちょっと塩辛いが、とりあえずベーコンになっている。
持参した根菜類と炒め煮にしたら、たいそう美味だった。

それにしても今回の最大の誤算は通信モデムがつながらなかったこと。
家では計画停電の時にちゃんと働いたのに
山では圏外で結局仕事にはまったく役に立たなかった。
管理事務所がインターネット接続サービスをやっていてくれたから
よかったようなものの、これではモバイルオフィスにならない。
なんでもデータ通信は携帯の電波とは
違う電波を使っているからだそうだ。
う~む。なかなか理想的なオフィス環境が実現できないなあ。

孫さ~ん
「どこでも携帯」実現してくださいな。
お願いしますよ~~~

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2011年3月14日 (月)

地震が起きた日

金曜日の地震から2日が経った。
まだ刻々と事態が変化しているので気持ちが落ち着かない。
テレビをつけっぱなしにしていることもあるかもしれないが、
かといってこういうときに情報を遮断する勇気もないし。
地震の被災地ではない所にいた者の記録を残すことにする。

たまたま外苑前にいて、今まで経験したことのないような
強い揺れを経験し、これは電車がストップすると思ったが
復旧までの時間は予想以上に長かった。
揺れの大きさから、長そうな予感がしたのでしばらく時間をつぶそうと
ドトールに入ろうとしたが、店も地震で混乱しており閉店状態。
携帯もラジコもつながらず、まずは家族の安否が確認できない。
地下鉄は
「安全確認をしている。他線は動いていない。復旧の見込みは不明」
と繰り返すばかり。
みんな同じことを考えているようで、近くのハンバーガーチェーンも満員。
外はめちゃくちゃ寒いので、駅の地下へ入ったら
運よくプロントに入ることができた。
さいわいテレビが映っていて、状況がいくらかつかめる。
長丁場になりそうな感じがしたので食事をすることに。
相変わらず携帯はつながらないが携帯メールはどうやら送れるようなので
家族に送ってみるが返事が来ない。
アメリカの妹からは安否確認のメールが来るのに。

そうこうしているうちにやっと娘から家族全員宛のメールが届く。
息子は東西線の途中の駅で止まっているらしい。
車で出かけている夫からは連絡なし。
JRは早々と本日中の復旧断念を宣言したので
頼みの綱は東京メトロだけだけど、動く気配がない。
なにしろ東西線は何本も川を渡るし、大風が吹いただけでストップする
くらいだから今日中には復旧しないかもしれない。
どこで夜を明かしたらいいかと考えてみるが思い浮かぶホテルは
ホテル西洋銀座くらい。
京橋まで行けばビジネスホテルがあるかなあ、とちょっと心細い。

そのうちに息子からメールが。
「自分は歩いて帰る。お母さんはマンガ喫茶かインターネットカフェを探しなさいと」
娘からは
「会社から帰宅するべく歩き出したので、途中でママを拾えれば
自分のアパートに泊まれるよ」とのメール。
なんだかたくましい子どもたち。
親が世話をされる側に回っていると思うと、ちょっと嬉しい。
そのうちに銀座線が動くとの情報が。急いで店を出て乗り込む。
娘に連絡を入れるが返事が来ない。
外苑前に向かっていると言っていたが、どこにいるんだろう。
あとで分かったのだが、外苑前にたどり着いていた娘も同じ電車に乗っており
でもリアルタイムにメールが届かないので、そこから別れ別れになってしまったのだ。
とりあえず日本橋で降りてみるが、どんどん人が溜まっている。
「東西線の復旧見込みはなし」とアナウンスが繰り返されるが、それでも溜まる一方。
これだけたくさんの人がいれば、メトロもプレッシャーだろうと思いつつ、
動かないときは地下で一夜を過ごすのだろうかと考える。
外は寒くて、とても歩いて帰る気にならないが
床に座るにしても下が冷たそうだ。
新聞紙か雑誌を持っていればよかった。
そのうちにようやく娘から返事が。
動き始めた半蔵門線に乗って宿にたどり着くことができた。

息子は途中で食事をしながら歩いて11時ごろ帰宅。
四街道にいた夫は7時間も渋滞の中にいたが、これも11時過ぎに帰宅とのことで
娘の部屋から2人とスカイプで話をする。
さいわい、我が家の被害はワイングラス1個と湯飲み茶わん1個だった。

翌日は半蔵門線とJRを乗り継いで帰宅。
本は全部本箱に収納していたので書籍流はなかったが、
ピアノの上の小物が落ちていたり、デスクの小引き出しも飛び出ていて、
やっぱりこちらも結構な揺れだったのだと実感。

それにしても、緊急時に携帯もインターネットも通じないのは計算外だった。
携帯メールは何とか送れても、タイムラグが1時間以上あって全然役に立たない。
出先でどうやって状況把握のための情報を得るか。
どうやって家族と連絡を取り合うか。
家へ帰れないときのために、どこに泊まるか。
少なくともこの3点だけは解決しておかなきゃ。

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2010年10月 4日 (月)

FC東京を生観戦

新響つながりの連中と、国立競技場で初めてサッカーを観戦する。
国立競技場もサッカーの生観戦も初めて。
手入れの行き届いた芝生の緑が美しい。
上のほうから俯瞰して見ているせいか、テレビで見るより狭い感じがする。

FC東京と湘南ベルマーレの試合は、どちらもJ2降格寸前とあって
特にアウェイのベルマーレは応援に力が入っている。
FC東京は大人しいめだが、数では圧倒しているから
観客席はユニホームの青と赤が混在して、すみれ色に見える。
試合は、どうにももたもたしていたが、
ベルマーレ側のゴール近くに陣取っていたおかげで
FC東京の前半2点得点シーンを堪能することができた。
1点目に大黒の足が貢献したかどうかは定かではなかったが、
2点目の平山のアシストによる石川のシュートは美しかった。
ただ欲を言えば、練習どおり、教科書どおりのことをやって
成功しましたって感じで、それ以上のプレーがなかなか
見られなかったのは少し残念ではある。

誰かが書いていたが、前監督の城福氏は理論家だったそうで
でも勝てないままここまで来てしまい、とうとう監督交代、となったそうである。
城福氏の成果が出るのがこれから、ということかもしれないが、
どうも、ここにも日本のサッカーの特徴みたいなものが
現れているんじゃないかという気がする。
サッカーに限らず、医療やビジネスなどさまざまな場面で、
マニュアル教育の弊害ということを耳にすることが多い。
マニュアルを教科書と言い換えてもいいと思うが、
教科書で学んだことを、その通りなぞる傾向というのが
学ぶ側に強すぎるんじゃないだろうか。
あるいは、そういう風に教える側が仕向けているのかもしれない。
教える側の美学が強すぎるのかもしれないが、
それが学ぶ側の自発性や創造力を阻んでいる可能性もありそうである。

試合後の祝勝会でも、似たような話題が出た。
そこでは、横断歩道で信号が変わるまで、じっと待っているようじゃ、
これからの時代は生きていけない、というところで意見の一致を見たのだけれど
これは外国人が驚く事実でもある。実際
「夜中の2時に、全然車が通っていないのに信号が変わるまで
じっと待っている若い男性がいて、日本人って真面目だなあと驚いた」
という旅行者の話を耳にすると、
われわれが知っている以上に、若い世代は真面目(融通が利かない)で
決められた規則は、状況がどうであれ守らなくてはならない
という風に刷り込まれており、状況に応じて自分で考える、
なんて想像もしていないのかもしれないと考えてしまう。
そしてどうもそれが、サッカーで象徴的に
起きているのではないかという感じがするのだ。

ところでFC東京の試合が楽しみだったのは、
今や社長となった村林さんと久しぶりに会えるかもということもあった。
かつて東京ガスがスポンサーの仕事をしていた頃
面白い企画をいろいろ考えては2人で実現させていったものだ。
その後、2人ともガス本体から離れて随分年月が経った。
今回は間に入った友人や彼女のお嬢さん(FC東京勤務)が
いろいろと尽力してくださって、いざとなったら携帯で連絡をとる
ということになっていたのだけど、それは予感したとおり、
携帯の力を借りることなく、あっけなく実現してしまった。
携帯が「すれ違い」という物語を失わせた、
というのも祝勝会で話題になったことだが、
もちろん「すれ違い」がなくなったとすれば、
それは携帯ではなく意志の力による。
「すれ違い」物語を私たちがを愛しむのは、
私たちに、意志の力が及ばないものへの郷愁があるからなんだろう。

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